2024年1月確定
山田悠一郎裁判官 判決文全文
令和4年12月22日判決言渡 同日原本領収 裁判所書記官
令和3年(ワ)第■■■■■号 損害賠償請求控訴事件
口頭弁論の終結の日 令和4年10月27日
判決
東京都千代田区大手町1丁目1番2号 ENEOS株式会社 ■■■■■■■部■■■■■■■■グループ
原告 ■■■■
東京都千代田区大手町1丁目1番2号
被告 ENEOS株式会社
同代表者代表取締役 齊藤猛
同訴訟代理人弁護士 ■■■■
同訴訟復代理人弁護士 ■■■■
主文
1 原告の請求をいずれも棄却する。
2 訴訟費用は原告の負担とする。
事実及び理由
被告は、原告に対し、1円を支払え。
本件は、被告の従業員である原告が、①原告のした内部通報について被告は十分な調査等をせず、また、②内部通報を理由とする不利益な取扱いや違法なパワーハラスメントがされ、さらに、③被告の人事考課上のフィードバックは根拠を示しておらず、これらが信義則上の義務等に違反するなどと主張して、被告に対し、債務不履行又は不法行為(従業員の行為については使用者責任。以下同じ。)に基づく損害賠償として、慰謝料1円の支払を求める事案である。
1 前提事実(当事者間に争いがないか、後掲各証拠[特に注記しない限り枝番号を含む。以下同じ。]及び弁論の全趣旨によって容易に認定できる事実)
ア 被告は、石油、天然ガスその他のエネルギー資源及びそれらの副産物の精製、加工、貯蔵、売買及び輸送等を目的とする株式会社である。
イ 原告は、平成4年4月1日、株式会社共同石油(当時)に入社した女性であり、別紙1のとおり組織再編により、被告の従業員になった。
平成22年度以降の原告の所属部署は、別紙2の「評価対象年度における所属」欄のとおりであった。
ア 原告は、平成28年9月14日、被告の社内通報窓口に対し、被告が海外取引で支払った金額に付加価値税(以下「GST」という。)が含まれており、そのGSTの還付はオーストラリアの被告関連会社である「■■■」(・・ ・・・・・・ ・・・ ・ ・・・・・・(・・・・・・・・・)Pty. Ltd. 。以下、単に「■■■」という。)に納付されたなどと記載した通報用フォームをメールで送信した(乙2。以下「本件通報1」という。)。
イ 平成29年3月31日頃、本件通報1で記載されたGSTに関する業務は、原告の所属していた■■事業部■■■■■■■■グループ(以下、単に「■■■■■■■■グループ」という。)から、■■■■グループに移管された(以下「本件移管」という。)。
ウ 原告は、平成29年5月12日、■■■■■■■■グループのグループマネージャー(以下「GM」という。)■■■■■■(以下「■■■GM」という。)ら上司から、オーストラリア■■のコスト予測の資料を作成するよう業務命令(以下「平成29年5月業務命令」という。)を受けた(乙12の2)。
エ 被告担当者は、平成29年8月14日、原告に対し、本件通報1について、コンプライアンス違反ではないなどとする調査結果報告(以下「本件調査報告1」という。)をした(乙3)。
オ 原告は、平成30年4月1日、■■■■■部■■■■■グループに異動し、その担当業務は「■■■■■グループ・■■■■■グループ庶務」とされた(乙25、27。以下「平成30年度業務分担」という。)。
カ 原告は、平成30年11月27日、被告の社内通報窓口に対し、平成28年1月7日から平成29年10月16日までの一連の内容について、コンプライアンス違反となる事象の有無を確認させてほしいなどと記載した通報用フォームをメールで送信した(乙4。以下「本件通報2」といい、本件通報と併せて「本件各通報」という。)。
キ 被告担当者は、令和元年10月25日、原告に対し、本件通報2について、GSTの還付は任意であり、還付を受けないままでも不正行為等に当たらないなどとする調査結果報告(以下「本件調査報告2」といい、本件調査報告1と併せて「本件各調査報告」という。)をした(甲12)。
ク 原告は、令和2年4月1日、■■■■■■■部■■■■グループに異動し、その担当業務は「グループ内庶務」とされた(乙26、28。以下「令和2年度業務分担」といい、平成30年度業務分担と併せて「本件各業務分担」という。)。
ケ 原告は、令和2年3月27日から令和3年2月18日にかけて、多数の従業員が閲覧可能な「社長・大田さんの輪」と題する被告の社内SNS(以下「本件SNS」という。)に、本件各通報に対する被告の調査は不十分であるなどと繰り返し投稿した(甲1、2)。
コ 被告は、令和3年4月2日、原告に対し、本件各調査報告及びこれに関連する情報を、本件SNSに投稿することを禁じ、投稿した場合は過去の投稿を削除することを通知した(以下「本件措置」という。)。
被告が定めるコンプライアンスホットライン規程(以下「本件規程」という。)には、次の規定がある(乙1)。
≪ 中略 ≫
≪ 中略 ≫
≪ 中略 ≫
≪ 中略 ≫
≪ 中略 ≫
≪ 中略 ≫
≪ 中略 ≫
≪ 中略 ≫
≪ 中略 ≫
≪ 中略 ≫
≪ 中略 ≫
≪ 中略 ≫
≪ 中略 ≫
≪ 中略 ≫
⑴ 争点1(内部通報制度における信義則上の義務違反)[不利益取扱いの点を除く。]
(原告の主張の要旨)
ア 被告は、内部通報を行った従業員に対し、事実確認等を怠ることなく、伝えられた情報や疑念を客観的に検証するなど相応の措置を講ずるべき信義則上の義務を負う。
イ 被告は、本件各通報の対応に関し、次の点で上記義務に違反したから、債務不履行及び不法行為に基づく損害賠償責任を負う。
(ア)調査をせず、あるいは不十分であったこと(本規程1.2⑼同3、4)
(イ)調査を実施しない場合の通知をしなかったこと(同3.1⑴)
(ウ)通報情報の厳重な管理を行わなかったこと(同3.12)
(エ)役員等への報告を適正に行っていなかったこと(同3.2⑴、同3、6⑶)
(オ)再度、通報可能であることの通知をしなかったこと(同3.6⑴エ)
(被告の主張の要旨)
否認又は争う。
(原告の主張の要旨)
①本件移管(これを理由に、■■■GMが原告に対してGSTについて言及しなかったことを含む。)、②平成29年5月業務命令、③本件各業務分担及び④本件措置は、本件規程2.4⑴及び同3.11⑴で禁止された本件各通報を理由とした不利益な取扱いであるとともに、違法なパワーハラスメントである。
したがって、被告は債務不履行及び不法行為に基づく損害賠償責任を負う。
(被告の主張の要旨)
否認又は争う。
(原告の主張の要旨)
ア 被告は、その人材育成体制の下、従業員に対し、公正な評価を実施し、公平な能力開発を講ずるべき信義則上の義務を負う。
イ 被告は、次の点で、上記義務に違反した。また、次の(イ)は、雇用の分野における男女の均等な機会及び待遇の確保等に関する法律(以下「雇用機会均等法」という。)6条違反でもある。したがって、被告は債務不履行及び不法行為に基づく損害賠償責任を負う。
(ア)被告の評価コメントによるフィードバックは、裏付けとなる根拠事実を示していない上、人材育成体制の趣旨を逸脱するものもあること
(イ)大田勝幸代表取締役社長(当時。以下「大田社長」という。)のトップメッセージに反して、令和2年4月1日、女性である原告の業務を再び「グループ内庶務」にしたこと(令和2年度業務分担)
(被告の主張の要旨)
否認又は争う。
(原告の主張の要旨)
被告の債務不履行又は不法行為によって原告が被った精神的苦痛に対する慰謝料は1円である。
(被告の主張の要旨)
否認又は争う。
前記前提事実に加え、後掲各証拠及び弁論の全趣旨を総合すると、次の事実が認められる。
ア 原告は、平成28年当時、■■■■■■■■グループに所属していたが、同年1月7日、■■■GMに対し、オーストラリアの■■■■■■■■■事務所(以下「本件豪州企業」という。)が被告に発行した請求書にはGSTが記載されているが、被告に支払義務がなく、誤りがあるおそれがある旨を伝えた。
■■■GMは、上記GSTの問題について、従前の業務内容や英語能力等を踏まえ、■■■■■■■■グループの■■■■(以下「■■」という。)に担当させることとした(甲12(10頁))。
イ 原告は、平成28年3月31日、■■■GMに対し、上記GSTについて確認しなければならないことや必要な対応はあるかなどと記載したメールを送信した。■■■GMは、同日、原告に対し、■■が■■■や税務担当に問合せをしたところ、本件豪州企業との取引については、GSTの支払額をインボイスとともに当局に届けると、支払うべき税金からそのGST分が減額されるとのことであったため、主な過去の支払分は対応してもらっている、今後、同様に本件豪州企業からGST込みで請求された場合には、■■■に送付して手続してもらうなどと対応方針を整理した上で、当面は原告の手を煩わせる事項はないが、何かあれば相談する旨を返信した。(乙14)
ウ ■■■GMは、同日(平成28年3月31日)、原告に対し、各国の温室効果ガス排出量目標を基礎に令和12年(西暦2030年)の■■生産量をを予測する業務を命じた(以下「平成28年3月業務命令」という。)(乙12の1)。
エ 原告は、平成28年9月14日、社内通報窓口のメールアドレスに「コンプライアンスホットライン通報用フォーム」と題するファイル(以下「本件フォーム」という。)を添付したメールを送信した(本件通報1)。
本件フォームの「法令等違反の具体的な内容」欄には、「将来的に法人税法等の法令違反に該当する可能性があるのか、分からないため、相談させていただきたい。」と記載され、続いて「内容」として、「海外取引で支払った当社宛の請求書の金額について、付加価値税が含まれていた。(豪州、当時の為替で650万円)その付加価値税の還付は豪州関連会社の■■■に納付された。なお、付加価値税分の金額は経費で計上されたままである。(コンサルタント費用・法人税に影響?)」と記載され、さらに「経緯」として、同年1月7日にGSTが費用として計上されていることをGMに伝えたところ、担当が対応するとの回答があったことや、同年9月10日に、原告がその担当に確認したところ、GSTが■■■に還付されたとの回答があったが、振替処理などは未確認であるなどと記載されていた。(以上につき、乙2)
オ 被告総務部法務グループ(以下、単に「法務グループ」という。)の■■■■(以下「■■」という)は、平成28年9月21日、原告に対し、本件通報1を受け取った旨を通知するとともに、上司に知られると問題となる事情はあるか、■■HD(当時の被告親会社)経理部(以下、単に「経理部」という。)税務グループ(以下、単に「税務グループ」という。)に照会したいが、原告にも同行してもらえるかを尋ねるメールを送信した。なお、法務グループは、本件通報1があった旨を関係役員等に報告しなかった。
原告は、同日、■■に対し、上司との関係が悪化する懸念があるため、当面は上司等所属部員に知られないようにお願いしたい、税務グループへの同行については問題ないなどと返信するとともに、同年10月3日、面談で確認したいポイントは、①GSTについて免税対象の品目かどうか、②免税の場合、手続により還付を受けられるか、③還付を受けられる場合、海外子会社が還付金を受けてもよいかであるなどと伝えた。
同月12日、原告、■■及び税務グループ担当者で面談が実施された。(以上につき、乙15)
カ 原告は、平成28年11月7日、■■■GMに対し、国際税務セミナーの研修を受講した旨報告するとともに、GSTの還付を■■■が受ける手続をしたと聞いたが、そのまま決算をした場合、会計原則等の視点で適正なのか疑問がある、本件豪州企業に係るGSTも■■■が還付を受けたという認識でよいか確認したいなどと記載したメールを送信した。
■■■GMは、同月8日、原告及び他の従業員に対し、上記国際税務セミナーの研修資料について、■■事業部向けに修正したものを作成し、説明会を行うように依頼した(以下「平成28年11月業務命令」といい、平成28年3月業務命令及び平成29年5月業務命令と併せて「本件各業務命令」という。)が、GSTについては特段言及しなかった。(以上につき、乙8)
キ 原告は、平成28年11月28日、■■に対し、■■■GMにGST還付請求の処理について確認のメールをしたが、回答がないなどと記載したメールを送信し、その後も複数回、■■■GMが無回答であり違和感がある、その意図がおぼろげながら分かってきたなどと記載したメールを送信した。
■■は、原告に対し、同年12月16日、上記の連絡内容についても経理部に伝えるのでもう少し時間をもらいたい旨返信し、同月28日、経理部からの回答として、「結論としては、直ちにコンプライアンス違反とはいえないものの、秘匿性の高い動きではなく、経理部に正式に相談いただいた上で、調査を行うことができれば、今後の業務の整理にも役立つことから、相談をお勧めする」というものだったとして、原告からの相談とは分からない形で、また、仮に分かったとしても決して不利益は掛からないという前提で、法務グループのGMから■■■GMに相談した上で、正式に■■■■■■■■グループから経理部に相談するという形を取りたいがどうかと提案するメールを送信した。また、同メールには、「経理部回答概要」として、①被告は■■■とグルーピング登録をしていることから、被告が納付したGSTについて■■■が還付を受けることは問題なく、その後、当該還付金を被告及び■■■間でどう精算するかは決めの問題である、②■■■が還付処理をしているか自体が不明な場合は、■■■に問い合わせるか別途相談してもらいたい、③個別の取引がGSTの対象であるかは取引の性質により取引ごとに異なるため、一部還付申請がされていないとしても直ちにコンプライアンス違反とはいえない、判別に困る場合は別途相談してもらいたい旨が記載されていた。
原告は、平成29年1月5日、■■に対し、GM間の相談、確認については、被告として必要があるという判断であればお願いしたい、■■■GMに本件を伝えると、内容から通知者を特定できることはほぼ間違いのないことであるが、そのリスクは覚悟したので、今後の確認等の判断は任せたいなどとした上で、契約書の請求額にGSTを含めないことについて相手企業に依頼できるかどうか、■■■GMはなぜ無回答なのかなどと原告の疑問を列挙するメールを送信した。
■■は、同日、原告に対し、追加でいただいた疑問を含めて対応を検討する、法務グループのGMとも相談するが、おそらく■■■GMとの間で相談することになると思う、仮に相談者が特定されても、不利益は決してないよう制度は整っている、何らか不利益を課されている旨の連絡があれば、すぐに対応するなどと返信した。(以上につき、乙11、15、18)
ク 法務グループのGMと■■■GMは、平成29年2月7日、GSTについて協議した。
ケ 平成29年3月9日、本件通報1に係るGSTの業務について、■■■■■■■■グループから■■■■グループに移管する旨の通知がされ、同月31日頃、本件移管が実施された。なお、本件移管は、担当者の■■の異動に伴うものであった(甲12[10頁])
コ ■■■GM及び■■■■■■■■グループの■■■■(以下「■■」という。)は、平成29年5月12日、原告に対し、平成29年5月業務命令をし、原告は■■に質問相談するなどして■■■■■■■■■■■■■予測の資料を作成するとともに、■■■■■■■■グループ等において同資料に基づく説明会等を実施した(乙12の2、3、乙13、24)
サ 原告は、平成29年7月20日、■■らに対し、1年間、GSTに関して誤りを放置したことに起因して、不具合が生じているのではないかと感じるなどとした上で、法務グループと■■■■■■■■グループのGM間での確認作業はまだ行われていないという理解であり、今後、GM間で調査が必要となれば事前に連絡してほしいなどと記載したメールを送信した。
■■は、同日、原告に対し、原告から了承を得られた後直ちに、法務グループのGMから■■■GMにコンタクトし、本件について共有した上で、対応を行うべき旨指示をしているなどと返信した。
原告は、同月24日、■■に対し、GM間のコンタクトが行われた時期、法務グループが確認及び指示した内容、■■■GMが提示した資料について尋ねるメールを送信し(以上につき、乙15)、■■は、同月26日、原告に対し、同年2月7日にGM間での協議が行われたことを伝えた。
原告は、同年7月28日、■■に対し、税務処理として確認してほしい事項と■■■GMに確認してほしい事項を記載した各ファイルを添付した上、■■■GMに確認する場合は、ひとまず、後者のファイルの「(GMへ確認していただきたい内容)」で記載したような人間関係への影響が少ない内容でお願いしたいなどと記載したメールを送信した。
上記各ファイルにおいて、税務処理として確認してほしい事項には、「豪州政府とのGSTグルーピングの契約内容の確認」「■■■へ還付されたGST金額の確認」「利益移転の有無の確認」など10項目以上が挙げられ、また、■■■GMの対応に関する「経緯」や「疑問に感じた言動」等としては、■■■GMに「メールで詳しい内容を送信した※印のタイミングで、必要性として、『あったほうがいいかもしれない』レベルの資料作成を命じられる。」などと、本件各業務命令を含め、原告の様々な疑問事項等が記載されていたが、「(GMへ確認していただきたい内容)」としては、平成28年3月末時点でのGSTについての照会先等が記載されていた一方、本件各業務命令については記載されていなかった。(以上につき、争いがない。原告準備書面(8)別紙5~7参照)
シ ■■は、平成29年8月14日、原告に対し、本件調査報告1をした。
本件調査報告では、税務上もコンプライアンス違反となる事項ではない旨を経理部と確認済みであり、さらに、■■■GMに事実確認等をしたところ、経理部等と相談し、本件移管をした上で、GSTの還付を含め、今年度上期を目途に対応完了予定であることを確認したとして、コンプライアンス違反ではなく、コンプライアンスホットライン案件としては特段の対応は実施しない、■■■■■■■■グループ内での過去の調査経緯等についても問合せがあったが、本件が既にコンプライアンス違反でないことが確認されているため、回答を差し控えるなどとされていた。(以上につき、乙3)
なお、法務グループは、本件通報1の調査結果等についても、関係役員等に報告しなかった。
ア ■■は、平成29年10月16日、オーストラリアGSTの過年度支払分については、■■■において同年9月までに還付請求を実施し、■■■への還付額については被告への戻入れも実施済みである、具体的処理は、経理部の指示に従って、支払の際は一般管理費で計上し、戻入れの際は雑収入で計上したなどと報告する■■事業部部長宛てのメールを送信し、原告もこれを受信した(乙16[添付資料19頁])。
イ 原告は、平成30年4月1日、■■■■■部■■■■■グループに異動し、その担当業務は「■■■■■グループ・■■■■■グループ庶務」とされた(平成30年度業務分担)(前記前提事実⑵オ)。
ウ 原告は、平成30年11月27日、社内通報窓口のメールアドレスに本件フォームを添付したメールを送信した本件通報2)。
本件フォームの「法令等違反の具体的な内容」欄には、「2016年1月7日~2017年10月16日で起きた一連の内容について、コンプライアンス違反となる事象の有無を確認させていただきたい。また、コンプライアンス違反の有無の判断に基づく具体的理由、および、根拠法令について確認させていただきたい。」などと記載された上で、上記期間について時系列で出来事が列挙され、随時、「■■■から被告へ返金分の支払いが無ければ、利益移転となるため疑問があった。」などと原告の疑問点等が記載されていた。(以上につき、乙4)
エ 被告法務部法務2グループ(以下、単に「法務2グループ」という。)の■■■■(以下「■■」という。)は、平成30年11月28日、原告に対し、本件通報2について受け付けた旨を通知した(乙16)。
また、法務2グループ担当者は、同月30日、■■社長を含む関係役員等に対し、本件通報2があった旨を報告した。同報告では、本件通報2の内容について、平成28年度、■■■と被告間の経費処理方法に疑義を抱き、当時の上司に伝えたが、当該上司がどのように対応したか分からなかったため、コンプライアンスホットラインを用いて通報した、その後、対応が完了したとの連絡があり、説明も受けたが疑問点がある、コンプライアンス違反の有無とその根拠についても確認したいなどとまとめられていた。(以上につき、乙22)
オ ■■は、平成30年12月13日、法務2グループのGMである■■■■(以下「■■GM」という。)とともに、原告と面談を実施した上で、同月18日原告に対し、本件通報2については、GSTについて適切な是正措置(還付処理及び被告帳簿への費用計上処理)が完了しているか、是正措置の過程で問題の隠蔽や原告への圧迫があったかについて、コンプライアンス違反の有無を調査回答することとしたい、被通報者(■■■GM)からのヒアリングについては、現時点では希望がないことから実施しないなどと記載したメールを送信した。
原告は、■■に対し、同月19日、コンプライアンスの意味内容について尋ねるなどした上で、追って「行動としてその理由が分からないこと」を箇条書きで伝えるので事実と理由を確認してほしい、■■■GMや■■等に直接確認してもらうことは全く構わないなどと記載したメールを送信し、同月21日、調査で確認してもらいたい事項を記載したファイルを添付したメールを送信した。
■■は、平成31年1月9日、原告に対し、コンプライアンスの意味内容等に関する原告からの質問に回答するとともに、調査の具体的な方法等は法務部で判断する、ただし、原告は■■■GM等へのヒアリングをしても構わないということであるので、それも加味して調査を実施するまた、原告の疑問点は調査の際の参考とさせてもらうが、コンプライアンホットラインの目的は不正行為等の是正であり、業務遂行のプロセスが不正行為等に当たらない限りは、その妥当性について判断を差し控えることもあり得るなどと記載したメールを送信した。
原告は、その後も、■■に対し、■■の回答を受けて自らの理解を整理したので内容が正しいか否か回答してほしいなどとするメールを複数回送信し、■■はこれに回答するなどした上で、同年2月12日、①原告が、契約書にGSTの扱いについて明記するものではないかという疑問を持っていることは理解した、②原告が■■■■■について、事業部に対する周知展開の必要性を伝えたとのことであり、その後何らかの対応をしているか確認するなどとして、特に質問がなければ、上記平成30年12月18日のメール内容に上記①②を加えたものを調査のスコープと定めて着手する旨記載したメールを原告に送信した。
原告は、平成31年2月13日、■■に対し、再び、自らの理解をファイルにまとめたので共通認識としてよいか確認してほしい、自らが列挙した疑問点については参考とさせてもらうとの回答があったが、これは調査の対象外であるという趣旨かなどと記載したメールを送信し、■■は、同月25日、原告の疑問点については、上記同月12日のメール記載の調査遂行に必要な範囲で対応する、調査協力者や調査方法については法務部で決定するなどとしてこれらに回答するとともに、調査に着手し、結果を報告するプロセスに入るなどと返信した。
原告は、その後も、■■に対し、調査協力者等について法務部で決定することは承知したなどとしつつ、調査の結果、法務部が「マル」と判断した場合、その判断を下した根拠となる法令や社会通念の説明はあるかや、原告が作成した「調査の対象となる事項(調査スコープ)」に記載された各項目が調査範囲に含まれるかなどを尋ねるメールを送信し、■■は、同年3月12日、原告に対し、前者の質問について、本件規程3.6⑴ア~エの事項(前記前提事実⑶サ(ア)①~④)を引用した上で調査終了後はこれらを通知する、理由を付すことは裁量で行っている旨を回答し、後者の質問について、上記同年2月12日のメール内容に沿って調査事項を再度提示するとともに、これと原告作成の上記各項目との関係を説明した上で、問題意識は絞られたと判断するので、調査を開始させてもらうなどと記載したメールを送信した。
原告は、同年3月13日、■■に対し、調査スコープが原告の認識とずれている懸念があるとして、面談を求め、同月20日、面談が実施された。原告は、同日、面談に先立ち、「通報情報に関する事実」を、■■■GMが必要性の低い資料作成を命じ、若手社員も巻き込まれた(No.4)、GST還付の対応が遅れたため、会計年度が2年を過ぎる「期ずれ」となる会計処理となった(No.10)など30項目(以下「本件30項目」という。)に分けて整理したパワーポイント資料を作成し、これを■■に送付した。(以上につき、乙16)
カ ■■社長は、平成31年3月13日付けで、被告従業員全体に宛てて「今後の女性活躍推進について(『いきいきと働ける』会社づくりに向けて)」と題する書面を発した。同書面には、女性活躍に向けた各種取組を次のとおり拡充するなどとして、全ての社員に男女を問わず一層活躍してもらうという基本方針の下、マインド・スキルの向上等を目的とした研修実施(平成31年度以降)や「新たな成長機会につながる異動(事業所.部所店内等)」(令和2年4月定期異動以降)を行っていく旨等が記載されていた。(争いがない。原告準備書面⑻別紙9及び原告準備書面⑼別紙9〔2頁〕参照)
キ 法務2グループは、令和元年10月25日、原告に対し、本件調査報告2をした。
本件調査報告2では、平成28年1月から平成31年3月までの期間においてGSTが課されていたもの等を整理した上で、結論として、一般にGSTの還付は納税者の権利であり義務ではなく、したがって、GSTの還付を受けないままでも不正行為等に当たらない、■■事業部の還付に関する対応に不備は認められない、調査の過程で■■■GMが通報事実について隠蔽する、またはパワーハラスメントをするという行為は発見されず、むしろ真摯に、かつ組織的に解決に向けて取り組み、対応を完了したと判断するなどとされ、併せて、本件30項目についても、個別に、原告が巻き込まれたとする若手社員を含めた関係者にヒアリングをしたが、必要性の低い資料作成を命じた事実は認められなかった(No.4)、GSTは還付請求をするまで権利の行使が確定しておらず、還付請求をして初めて雑収入として計上できるから、原告のいう「期ずれ」は発生していない(No.10)などとして、いずれも不正行為等に該当しない旨の調査結果が示されていた。(以上につき、甲12)
ク 原告は、令和元年10月29日、同年12月2日及び同月10日、■■社長をCCに入れるなどして、■■GM及び■■に対し、本件調査報告2は論点のすり替えである、誤りがあるなどとして、契約書にGSTを課す記載があるか、■■■の会計仕訳が預り金勘定科目で行われているかなど原告が確認してほしい事項を列挙するなどしたメールを送信したが、■■は、同月3日及び同月20日、取引に税金が課されるか否かは、契約書ではなく国が決めることであるので、契約書を確認する必要はない、■■■の財務諸表については会計監査人から適正意見を得ており、勘定科目についてこれ以上調べる必要はないなどと回答するとともに、調査の結論に変更を及ぼさない原告の疑問点については、今後さらに要望等があっても、調べることはないなどと返信した(争いがない。原告準備書面⑻別紙10~14参照)。
その後も、原告は、■■に対し、■■が■■■や税務担当に問い合わせたメールはないかなどと質問するメールを送信したが、■■は、令和2年1月23日、業務上の裁量に属する行為の当否について調査しても、調査結果の結論に変更はなく、これ以上調査する必要を認めないとの判断に至った旨を返信した(乙17)。
ケ 法務2グループ担当者は、令和元年12月9日、■■社長を含む関係役員等に対し、本件通報2について、コンプライアンス違反の事実は認められなかったなどとする調査結果等を報告した(乙23)。
コ 原告は、令和2年4月1日、■■■■■■■部■■■■グループに異動し、その担当業務は「グループ内庶務」とされた(令和2年度業務分担)(前記前提事実⑵ク)
ア 原告は、令和2年3月27日、本件SNSに、本投稿は、コンプライアンスホットライン制度の責任者である■■社長に伝えるものであるとした上で、本件各通報について、契約書におけるGSTに関する記載内容等について十分な調査がされていないなどとして、本質や論点がすり替わっていない調査をお願いしたいなどとする投稿をした。
これを受けて、被告法務部担当者は、同日、本件SNSに、本件については、通報内容を調査した結果、コンプライアンス違反はないとの結論を得て解決済みであるなどと投稿したが、他の従業員から、上記担当者が本件SNSに書き込むのはモラルハラスメントではないかなどと投稿され、原告も、同年5月29日及び同年6月15日、事実を明らかにしてほしい、■■社長によるコメントをお願いしたいなどと投稿した。
被告秘書部(以下、単に「秘書部」という。)担当者は、同月16日、本件SNSに、本投稿については、法務部と協議し、また、■■社長とも相談した上で、改めて法務部から直接回答してもらうことになった、本件SNSは、「■■さんとのオープンな情報交換による対話の促進」を目的として開設しているため、この趣旨に則った前向きな意見や提案などの投稿をお待ちするなどと投稿した。(以上につき、甲1、2)
イ 法務2グループは、令和2年6月25日、原告に対し、原告が本件SNSに投稿した内容について16項目に整理した上で、契約書の記載内容を改めて調べたが、平成27年1月に本件豪州企業との間で締結された契約書にはGSTに関する定めはなかったなどとして、これらに回答する書面を送付した(乙10)。
ウ その後も原告と法務2グループとの間でメールのやり取りがされていたが、原告は、令和2年10月5日から令和3年2月5日にかけて、本件SNSに、法務2グループの回答内容を引用するなどしてこれに抗議する投稿を繰り返し行った。
秘書部担当者は、同月16日、本件SNSに、本件SNSは幅広い者が閲覧可能であるため、関係者の名誉やプライバシー、情報セキュリティに最大限留意する必要があるとして、今回投稿された内容は、本件SNSでの返信はせず、個別に返信する旨の投稿をした。(以上につき、甲1)
エ 秘書部秘書1グループのGMである■■■■(以下「■■GM」という。)は、同日(令和3年2月16日)、原告に対し、今後、本件についての意見等は、本件SNSではなく、メール等で関係者限りでお願いしたい旨を記載したメールを送信した。
これを受けて、原告は、■■GMに対し、関係者限りとする情報セキュリティ要領の根拠を明らかにするよう求め、■■GMがこれを説明すると、同年3月18日、本件の投稿において考慮すべきは名誉毀損と理解したので、今後も引き続き、名誉毀損等を考慮して投稿する、投稿を削除等する場合、名誉毀損等の視点で問題のある具体的な文章を具体的な理由とともに示してほしいなどと記載したメールを送信した。
■■GMは、同月25日、名誉等への配慮は総合的に検討されるべきものであり、具体的な記載の一部を切り取って判断を行うものではないなどと返信したが、原告は、同日、自らの投稿に名誉毀損等の視点で問題があるのかまだ分からない、投稿文に問題がある場合は具体的な理由とともに伝えてほしいなどと記載したメールを送信した。(以上につき、乙7)
オ 被告は、令和3年4月2日、本件措置をした(前記前提事実⑵コ)。
2 争点1について(内部通報制度における信義則上の義務違反)[不利益取扱いの点を除く。]
⑴ア 原告は、まず、原告が通報窓口担当者に伝えた内容は、特段の理由がない限り、全て通報情報であり、被告は、内部通報を行った従業員である原告に対し、通報情報に関する事実を確認するための調査を行う信義則上の義務を負うなどとした上で、大要、①原告が、本件通報1の当初から、GSTの支払手続をした事実及び支払手続をした際の会計計上科目を伝えて、不適切会計のおそれがある旨等を通報していたのに、被告は契約内容及び会計帳簿の確認等をせず、②その後の平成29年7月28日等に、原告が、通報情報として、(a)被告と海外企業との契約内容に関すること、(b)■■■がGST相当額の還付を受けた際の被告及び■■■における会計処理に関すること、(c)原告が■■■GMにGSTについて確認を行ったタイミングで、■■■GMから必要性に疑問のある資料作成を3回命じられたこと(本件各業務命令)を伝えるなどしていたのに、被告は契約内容等に加えて上記資料の確認等もせず、③さらに、原告が、本件通報2で、被告と■■■間の会計処理について疑問視している旨等を伝え、また、調査補助者の■■も、平成31年3月12日、被告及び■■■において会計処理が適切であったか否かや、税制及び契約内容を確認した上でGSTの支払を行っていたか否か等を確認する旨メールに記載していたのに、契約内容及び会計帳簿の確認等をしなかったなどとして、もって、被告は調査義務を怠り(上記②(c)については、通報者に対する不利益取扱いの事実又はそのおそれのある事実であることを理由に、通報者の保護の徹底を定めた本件規程3.11⑴上も調査義務等があると主張するようである。)また、本件規程3.1⑴では、調査を実施しない場合には調査しない旨及び理由の通知が求められているのに、被告はこれも怠ったなどと主張する。
イ しかしながら、そもそも、前記前提事実⑶のとおり、被告の内部通報制度について定めた本件規程では、その目的について、被告及び被告グループ会社(以下「被告等」という。)における不正行為等(法令等に違反する行為または違反するおそれのある行為)を早期に是正し、もって被告等のコンプライアンス体制を強化することである旨が規定され(1.1)、調査の結果、法令等に違反する事実等が確認された場合は、是正措置及び再発防止策等を検討し、速やかにこれらを実行する(3.5)などと規定されている一方、通報者に対しては、通報を理由とした不利益取扱いの禁止(2.4、3.11)や調査結果等の通知(3.6⑴)が定められるにとどまっていることに照らすと、被告の内部通報における調査等は、基本的に、不正行為等を早期に発見、是正して被告等の業務の適正化を図るためのものであって、通報者個人のためにされるものではないというべきである。
そうすると、不正行為等によって直接被害を受けた者等が、不正行為等を通報した場合は格別(最高裁平成30年2月15日第一小法廷判決・集民258号43頁参照)、そうでない限り、被告が、通報者個人に対し、当然に信義則上、調査等をする法的義務を負うということはできないというべきである。そして、原告が通報をしたと主張する不正行為等は、上記②(c)の点を除き、不適切会計等、これによって原告が直接被害を受けるようなものではないから、被告が、原告に対し、当然に信義則上の調査義務等を負っていたということはできない。
ウ この点をおくとしても、本件規程上、通報情報とは通報窓口に対してなされた通報に係る情報をいうと定義され(1.2⑹)、通報とは、不正行為等として対象を特定した上でその内容を告げることを前提とするものと解される(1.2⑸参照)から、本件規程の解釈としても、本件フォーム上で事実経過の説明として記載されたにすぎない事項や、調査の過程で調査補助者に告げたにすぎない疑問事項等が、当然に通報又は通報情報として調査の対象になるとはいえず、これらについて調査をしない場合であっても、逐一、その旨や理由の通知が求められるものともいえない。
さらに、本件規程上、調査とは、通報情報に関する事実を確認するための調査と定義され(1.2⑼)、これは法令等に違反する事実又は違反するおそれのある事実の確認を目的とするものと解される(3.5参照)から、必ずしも上記各事実の判断に影響しない事実までもが調査の対象になるとは解されず、また、調査の具体的方法についても、通報者の希望に沿って行うなどとも規定されていないから、被告の合理的裁量に委ねられているというべきである。
そして、本件通報1において通報窓口に送られた本件フォームの「法令等違反の具体的な内容」欄には、「内容」として「海外取引で支払った当社宛の請求書の金額について、付加価値税が含まれていた。」「その付加価値税の還付は豪州関連会社の■■■に納付された。」などと記載されており、原告主張の会計計上科目については、その後に「なお、付加価値税分の金額は経費で計上されたままである。」などと補足され、また、「経緯」として、振替処理などは未確認であるなどと記載されたにすぎなかったのであるから、法務グループが、本件通報1の対象を、被告の納付したGSTについて■■■が還付を受けることと捉えた上で、経理部に問い合わせて、平成28年12月28日、上記に問題はなく、直ちにコンプライアンス違反とはいえないなどと回答し、平成29年8月14日、同旨の本件調査報告1をしたとしても、何ら不合理とはいえない。
また、原告が、この間の同年7月28日、法務グループの■■に対し、税務処理として確認してほしい事項や■■■GMに確認してほしい事項を記載したファイルを送信し、その中で、「経緯」等として、原告が■■■GMにGSTについて問い合わせたタイミングで本件各業務命令を受けた旨等を記載したことは上記認定のとおりであるけれども、これらは、本件通報1に関して■■とやり取りをする中で原告が列挙した様々な疑問事項等の一部にすぎず、個別に不正行為等として告げるものでも、本件通報1を理由とした不利益な取扱いがあったとするものでもなかったから、被告が本件調査報告1の段階でこれらについて調査しなかったとしても、信義則上の調査義務を怠ったとか、通報者の保護の徹底について定めた本件規程3.11⑴に違反したなどということはできない。
さらに、本件通報2において通報窓口に送られた本件フォームの記載は、「2016年1月7日~2017年10月16日で起きた一連の内容について、コンプライアンス違反となる事象の有無を確認させていただきたい。」などとして時系列で出来事等を列挙するのみで、通報の対象とした不正行為等が判然としないものであり、そのため、■■は、原告との面談等を実施した上で、GSTの還付処理等の適切な是正措置が完了しているか、是正措置の過程で問題の隠蔽や原告への圧迫があったかについて、コンプライアンス違反の有無を調査回答したいなどと整理したものの、原告が、原告の列挙する疑問点を調査してほしい旨のメールを繰り返し送信するなどし、最終的に、自ら本件30項目に分けて「通報情報に関する事実」等を整理した資料を送付するなどしたものである。
そして、法務2グループは、過去の一定期間においてGSTが課されていたもの等を整理し、関係者へのヒアリングを実施するなどの調査をした上、令和元年10月25日、本件調査報告2において、■■事業部の還付に関する対応に不備は認められないなどとした上で、原告が整理した本件30項目全てについて、不正行為等に該当しない旨個別に回答したものである。原告は、上記回答に際して、被告が契約書や会計仕訳を確認しなかったことを論難するが、上記のとおり、調査の具体的方法は被告の合理的裁量に委ねられているところ、法務2グループは、原告に対し、取引に税金が課されるかは国が決めることであるので、契約書を確認する必要はない、■■■の財務諸表については会計監査人から適正意見を得ており、勘定科目についてこれ以上調べる必要はないなどと説明しており(認定事実⑵ク)、これらの対応が不合理とはいえない。
また、原告は、■■が、平成31年3月12日、被告及び■■■において会計処理が適切であったか否かや、税制及び契約内容を確認した上でGSTの支払を行っていたか否かを確認する旨メールに記載していたこと(乙16[7頁〕)を指摘するが、これらの記載は、原告作成の「調査の対象となる事項(調査スコープ)」記載の各項目について、法務グループが行う調査との関係を説明したものであり、原告の希望に従って契約内容及び会計帳簿等を確認する旨述べたものでないことは、その文脈上、明らかである。
エ 以上によれば、本件各通報を受けた被告の調査等の対応に関し、原告に対する信義則上の義務違反があったということはできない。
⑵ 次に、原告は、被告が、本件通報1に関し、法務グループと■■■■■■■■グループのGM間で協議をしたこと、本件通報2に関し、関係者のヒアリング調査を実施したことが、本件規程3.12の通報情報の厳重な管理を行わなかったものとして、信義則上の義務違反である旨主張する。しかしながら、上記認定のとおり、原告は、本件通報1に関し、平成29年1月5日、■■に対し、GM間の相談、確認については被告の判断に任せる、■■■GMに本件を伝えると通知者を特定できることはほぼ間違いがないが、覚悟しているなどと告げ、本件通報2に関しても、平成30年12月19日、■■に対し、■■■GMや■■等に直接確認してもらうことは全く構わないなどと告げていたのであるから、上記GM間での協議や■■■GM等へのヒアリングを原告が了承していたことは明らかであり、調査の具体的方法等は被告の合理的裁量に委ねられることにも照らすと、被告が、GM間での協議や関係者のヒアリング調査を実施したことが信義則上の義務違反であるなどとは到底いえない。
これに対し、原告は、契約内容や会計帳簿等の資料を確認すればGM間での協議やヒアリング調査の必要はないなどと主張するが、調査の具体的方法等は被告の合理的裁量に委ねられるなどの上記認定説示の事情に照らし、上記判断を左右するものではない。
⑶ア さらに、原告は、本件各通報について、被告が、①通報情報の役員等への報告(本件規程3.2⑴、3.6⑶)や、②再度、通報窓口に通報することが可能であることの原告への通知(同3.6⑴エ)を行っていなかったなどとして、信義則上の義務違反があると主張する。
イ しかしながら、まず、上記①について、本件規程において、通報情報や調査結果等を関係役員等に対して報告するなどと規定されている(3.23.6⑶)のは、被告等の業務の適正化のために(上記⑴イ参照)関係役員等がこれらの情報を把握できるようにするためのものと解され、通報者のためのものとは解されないから、被告が原告に対してその旨の義務を負うものとはいえない。
この点をおくとしても、上記認定のとおり、本件通報2については、通報情報やその調査結果について、関係役員等への報告がされている。原告は、上記報告は、通報情報の内容が把握できるものではないなどと論難するが、本件通報2は、本件フォームの記載上、何を不正行為等と捉えているのか判然としないものであったことは上記認定説示のとおりである上、法務2グループ担当者の要約(認定事実⑵エ)が明らかに不正確であるなどともいえない。一方で、本件通報1については、関係役員等への報告がされていないものの、被告は、本件規程上の通報(1.2⑸)ではなく、相談(2.3)として取り扱ったためであると説明しており、上記認定のとおり、本件通報1は「将来的に法人税法等の法令違反に該当する可能性があるのか、分からないため、相談させていただきたい。」との内容であったことに照らすと、上記取扱いが不合理ともいえない(なお、関係役員等への報告以外の調査等の場面では、本件通報1が本件規程上の通報と同様に取り扱われるべきことは被告も争っていない。)。
ウ 次に、上記②については、本件規程3.6⑴エは、調査結果の報告に際し、(a)本通知後、不正行為等が是正されない場合、(b)不正行為等が再発するおそれがある場合、又は(c)通報を行ったことを理由とした不利益な取扱いを受けた場合は、再度、通報窓口に通報することが可能であることを通知すると規定しているが、本件各調査報告は不正行為等がないとするものであったから、上記(a)(b)について通知の必要はない。
そして、被告は、本件各調査報告に際して上記(c)についても通知していないものの、上記認定のとおり、原告は、本件調査報告1前の平成29年1月5日■■から、GM間の協議に先立ち、仮に相談者が特定されても、不利益は決してないよう制度は整っている、何らか不利益を課されている旨の連絡があれば、すぐに対応するなどと伝えられ、本件調査報告2前の平成31年3月12日にも、■■から、本件規程3.6⑴ア~エの事項が引用されて、調査終了後はこれらを通知することになる旨を伝えられていたから、本件各調査報告に際して上記(c)を通知されなかったとしても、原告に実質的な不利益が生じるものとは認められない。
エ 以上によれば、上記①②いずれについても、被告の原告に対する損害賠償責任を生じさせることとなる信義則上の義務違反があったものとすることはできない。
⑷ 原告はその他るる主張するが、いずれも採用できず、本件各通報に関する被告の対応(ただし、不利益取扱いの点を除く。)について、信義則上の義務違反があったとはいえない。
3 争点2について(不利益取扱い及びパワーハラスメントの有無)
⑴ 原告は、①本件移管(これを理由に、■■■GMが原告に対してGSTについて言及しなかったことを含む。)②平成29年5月業務命令、③本件各業務分担及び④本件措置が、本件各通報を理由とした不利益な取扱いであるとか、違法なパワーハラスメントであるなどと主張する。
⑵ア しかしながら、まず、上記①の本件移管については、上記認定のとおり、本件通報に係るGSTの業務を担当していた■■の異動に伴ってされたものであるから、原告に対する不利益取扱いでないことはもとより、違法なパワーハラスメントともいえない。
また、上記認定のとおり、■■■GMは、原告から平成28年3月31日にGSTについて問合せを受けると、同日、その対応方針を整理した上、当面は原告の手を煩わせる事項はないが、何かあれば相談するなどと返信していたものであり、その後、本件移管の前後を通じ、直接の担当者でない原告に対して、特段、GSTについて言及しなかったとしても、原告が主張するような隠蔽等の不当な動機に基づくとか、違法なパワーハラスメント等に当たるなどということはできない。
イ また、上記②の平成29年5月業務命令について、上記認定のとおり、原告は、■■■■■■■■グループの■■に質問相談をしながら資料を作成しており、また、同資料については、■■■■■■■■グループ等において説明会等が実施され、人事考課においても相応に評価されていたこと(乙19の8、乙20の8)などに照らせば、平成29年5月業務命令が、明らかに業務上の必要性を欠くとか、その態様において原告に過重な負担を強いるなど相当性を欠くものともいえず、本件通報1を理由とした不利益な取扱いであるとも、違法なパワーハラスメントであるともいえない。
原告は、■■■GM及び■■の指定で行った作業手順は、分析手法として適切でないなどと主張するが、上記判断を左右するものではない。
ウ さらに、上記③の本件各業務分担については、そもそも、原告は、本件各通報以前から、グループ内庶務業務に従事していたものである(乙20の4~8)上、その人事考課において、従前から、データベースに関する知識、能力を活かした(平成27年度乙19の6、乙20の6)持ち前のデータ処理能力を活用した(平成29年度。乙19の8)などと、データ処理等に関して肯定的に評価されていた一方で、コミュニケーション能力等の観点からは、上司の指示や周囲のアドバイスを素直に受け入れない傾向がある(平成23年度。19の2)独自の判断で物事を進めてしまうケースが見受けられる(平成24年度。乙19の3、乙20の3)、コミュニケーション能力が特に弱い(平成25年度及び平成28年度。乙19の4、7)、コミュニケーション能力をより高めてほしい(平成29年度19の8)対話により信頼関係を築き、周囲の支持・協力を得るという対人影響力が改善点である(平成30年度及び平成31年度。乙19の9、10)などと、継続して課題が指摘されていたものである。そして、被告は、本件各業務分担に係るグループ内庶務業務の具体的内容として、一般庶務業務、経理業務(新経理・採算管理システムの運用推進担当を含む。)のほか、他の担当者の所掌にない業務及び他の担当者の担当しきれない業務をカバーすること(セールス担当者のセールス活動、これに伴う諸業務の補助を含む。)が期待されており、広範な業務に対応する知識、経験、コミュニケーション力等が求められるなどと説明しており、実際に、原告は、平成30年度及び令和2年度において、一般庶務業務のほか、資料フォーマット改良や販売補助等に従事していたことが認められる(20の9乙21)ことからすると、本件各業務分担は、上記の原告の適性や課題等を踏まえたものとみることができる。以上に鑑みると、業務区分表(乙25~28)上の担当業務が「グループ庶務」などとされており、また、仮に原告が主張するように電話対応を依頼されることがあったからといって、本件各業務分担が、本件各通報を理由とした不利益な取扱いであるとか、違法なパワーハラスメントであるなどということはできない。
エ 加えて、上記④の本件措置については、上記認定のとおり、本件規程上も通報情報は厳重に管理し、被通報者等の名誉、プライバシー等に十分配慮する旨が規定されていた(3.6⑴3.12⑴にもかかわらず、原告は、多数の従業員が閲覧可能な本件SNSにおいて、本件各通報の調査が不十分であるなどとこれに抗議する投稿をし、秘書部担当者から、本件SNSは「■■さんとのオープンな情報交換による対話の促進」を目的として開設しているため、この趣旨に則った前向きな投稿をお願いする旨告げられたにもかかわらず、その後も、法務2グループの回答内容を引用するなどしてこれに抗議する投稿を繰り返し行っていたのであるから、原告の投稿が本件SNSや本件規程の趣旨に沿わないものであったことは明らかである。そして、その後も、■■GMから、本件についての意見等は本件SNSでなく、メール等でお願いしたい、名誉等への配慮は総合的に検討されるべきもので、記載の一部を切り取って判断するものではないなどと説明されたにもかかわらず、原告は、引き続き、名誉毀損等を考慮して投稿する、自らの投稿に名誉毀損等の視点で問題があるのかまだ分からないなどと述べていたのであるから、本件措置はやむを得ないものといわざるを得ず、本件各通報を理由とした不利益な取扱いであるとか、違法なパワーハラスメントであるなどということはできない。
オ 以上によると、上記⑴の原告の主張はいずれも採用できない。
4 争点3について(人材育成体制における信義則上の義務違反等)
⑴ 原告は、被告が、従業員に対して公正な評価等を実施する信義則上の義務を負うなどとした上で、被告の原告に対する評価コメントは、「業務の推進にあたっては、(略)周囲の意見もよく聞き、柔軟に取り組んでくれることを期待する。」(令和2年度乙21)などと裏付けとなる根拠事実を示していない上、「業務遂行にあたっての基本姿勢、教育が出来ていない。債権回収業務において督促を怠り多額の回収漏れを発生させた、GMへの相談・承諾なしにGM承認済メールを発信した、先輩社員への相談時、ノートも取らずに同じ質問を何度も繰り返した等々、これまでどのような教育を受け、業務を遂行してきたのか理解に苦しむ。」(平成23年度。乙19の2)などと、人材育成体制の趣旨を逸脱した人事権の濫用によるいじめともいえる事態であるなどとして、信義則上の義務違反があると主張する。
しかしながら、使用者が、労働者の人事評価をするに際して、逐一、その裏付けとなる具体的な根拠事実を示す義務があるなどとは解されない上、原告の業務上の問題点を指摘する上記コメントの表現それ自体が人事権の濫用であるとかいじめであるなどということもできず(原告も、多額の債権回収漏れ等が発生した事実は否定していない。)、原告の主張は採用できない。
⑵ また、原告は、■■社長が被告従業員に向けて発したメッセージには、「今後の女性活躍推進について」として「新たな成長機会につながる異動」を行っていく旨が記載されていたのに、令和2年4月の異動後の原告の担当職務が従前と同様の「グループ内庶務」であるから、■■社長のメッセージは見せかけにすぎず、信義則上の義務に違反するとともに、女性である原告の職域が庶務業務等に限定されており、雇用機会均等法6条に違反するなどと主張する。
しかしながら、職種限定合意等がない限り、労働者にいかなる業務を担当させるかは基本的に使用者の裁量に委ねられるものであり、■■社長が被告従業員全体に宛てて上記のような抽象的なメッセージ(認定事実⑵カ)を発したとしても直ちに、被告が、個々の従業員に対し、従前と全く異なる業務を担当させるなどの法的義務を負うものとは解されない。また、被告における女性従業員の職域一般が、庶務業務等に限定されているなどの事情はうかがわれず、上記3⑵ウのとおり、令和2年度業務分担が、原告の適性や課題等を踏まえたものとみることができることにも照らすと、これが原告の性別を理由とした差別的取扱いであるとは認められない。以上によれば、令和2年度業務分担が、信義則上の義務に違反するとか、雇用機会均等法6条に違反するなどということはできない。
以上によれば、原告の主張はいずれも採用できず、被告は、原告に対して債務不履行又は不法行為に基づく損害賠償責任を負わないというべきである。
よって、その余の点について判断するまでもなく、原告の請求はいずれも理由がないから棄却することとして、主文のとおり判決する。
東京地方裁判所民事第11部
裁判官 山田悠一郎
令和5年6月15日判決言渡 同日原本領収 裁判所書記官
令和5年(ネ)第■■■号 損害賠償請求控訴事件(原審・東京地方裁判所令和3年(ワ)第■■■■■号)
令和5年4月18日口頭弁論終結
判決
東京都千代田区大手町1丁目1番2号 ENEOS株式会社内
控訴人 ■■■■
東京都千代田区大手町1丁目1番2号
被控訴人 ENEOS株式会社
同代表者代表取締役 齊藤猛
同訴訟代理人弁護士 ■■■■
同 ■■■■
主文
1 本件控訴を棄却する。
2 控訴費用は控訴人の負担とする。
事実及び理由
1 本件は、被控訴人の従業員である控訴人が、被控訴人の社内の内部通報制度によって通報をしたが、 被控訴人は、 ➀ これについて十分な調査等をせず、 ⓶ 控訴人に対し、内部通報を理由とする不利益な取扱いや違法なパワーハラスメントをし、⓷ 控訴人の人事考課上のフィードバックは根拠を示しておらず、これらが信義則上の義務等に違反するなどと主張して、 債務不履行又は不法行為(従業員の行為については使用者責任)に基づく損害賠償として、 1円の支払を求めた事案である。原審は、被控訴人に債務不履行又は不法行為は認められないとして、控訴人の請求を棄却した。
控訴人は、これを不服として、控訴を提起した。
2 前提事実、争点及びこれに関する当事者の主張の要旨は、 控訴理由を踏まえて以下のとおり補正するほか、原判決 「事実及び理由」欄の「第2 事案の概要」 の1及び2のとおりであるから、これを引用する。
⑴ 原判決8頁22行目の 「相応の措置を講ずるべき」 を 「体制として整備された仕組みに基づいて適切に対応すべき」 に改める。
「このうち、①については、 移管する前の業務実態が不明であるため、本件移管の通知は嘘の通知である。②は、控訴人が行った分析方法である線形回帰分析は、時系列データの分析に使用することは適さないため、データ分析の分析方法としては間違いであるにもかかわらず、 控訴人に表計算ソフトの Microsoft Excel で分析をさせ、データ分析を行うための他の環境を与えずに、 間違った分析方法による分析を■■事業部長らの面前でプレゼンテーションさせた点においてパワーハラスメントに当たる。 また、③は、控訴人の担当業務を 「グループ内庶務」 のみとし、 担当業務が 「グループ内庶務」のみである社員は、部内では控訴人だけである点が控訴人に対する差別的取扱いであり、 控訴人が有する(ア)日商簿記検定2級、(イ).com Master★★、(ウ)品質管理検定3級、(エ)Python3エンジニア認定デー夕分析試験等の資格を全く考慮していないものである。」
1 当裁判所も、 控訴人の請求は理由がないと判断する。 その理由は、次のとおり補正するほか、原判決 「事実及び理由」 欄の「第3 当裁判所の判断」の1から4までのとおりであるから、これを引用する。
⑴ 原判決30頁19行目の「上記」 を 「前記1⑴ア及びケ」 に改め、同22行目末尾に 「控訴人は、移管する前の業務実態が不明であるため、本件移管の通知は嘘の通知であると主張する。 しかし、上記のとおり、 本件移管は、本件通報1に係るGSTの業務を■■■■■■■■グループ所属の■■が担当していたところ、 ■■が■■■■グループへ異動にしたのに伴って同グループに移管したことが認められるのであり、控訴人の主張を採用することは.できない。」 を加える。
⑵ 原判決31頁13行目の「上記判断を左右するものではない。」を「説明会等において、 控訴人が、 データ分析の手法が適切でない等の指摘を受けて困惑するなどの場面があった事実を認めるに足りる証拠はなく、まして、 ■■■GMや■■が事前にそのような事態を予想して、意図的に控訴人に平成29年5月業務命令を出した事実も認められないから、パワーハラスメントに該当するものとはいえない。」に改める。
2 以上によれば、控訴人の請求は、いずれも理由がない。 よって、 本件控訴を棄却することとし、主文のとおり判決する。
東京高等裁判所第7民事部
裁判長裁判官 矢尾和子
裁判官 古閑裕二
裁判官 藤井聖悟