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判決書
水野有子裁判長

東京地裁判決を音声解説🎙️

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ソース:東京地裁判決
カスタム指示無し
2025年8月作成

東京地裁 判決文

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令和7年3月31日判決言渡 同日原本領収 裁判所書記官

令和6年(ワ)第■■■■■号 損害賠償請求事件

口頭弁論終結日 令和7年3月19日

判 決

東京都千代田区大手町1丁目1番2号 ENEOS株式会社内

原 告 ■■■■

東京都千代田区大手町1丁目1番2号

被 告 ENEOS株式会社

同代表者代表取締役 山口敦治

同訴訟代理人弁護士 ■■■■

主 文

1 原告の請求をいずれも棄却する

2 訴訟費用は、原告の負担とする。

事実及び理由

第1 請求

被告は、原告に対し、1円を支払え。

第2 事案の概要

1 本件は、被告の従業員である原告が、被告社内の内部通報制度による原告の通報について、➀法令等に違反する事実又は違反するおそれのある事実があるのに、被告は、原告に対し、コンプライアンス違反ではない又は不正行為等に該当しない旨の事実に反する内容を通知し、内部通報制度に関する規程に違反した、➁法令等に違反する事実又は違反するおそれのある事実について、被告は、その是正措置等を実行したのに、原告にその是正措置等を通知せず、上記規程に違反した、➂被告は、上記是正措置等に関する正確性等に疑念のある情報を原告と共有し、被告の掲げる行動基準に違反した等と主張して、被告に対し、債務不履行又は不法行為に基づく損害賠償請求として、慰謝料1円の支払を求める事案である。

これに対し、被告は、本件訴訟が前訴の蒸し返しであるとして、訴えの却下を求めるとともに、前訴確定判決の既判力が及ぶ旨等を主張している。

2 前提事実(当事者間に争いがないか、掲記の証拠(ただし、特に枝番を明記しない限り、枝番を含む。以下同じ。)及び弁論の全趣旨により容易に認定できる事実)

⑴ 被告は、石油、天然ガスその他のエネルギー資源及びそれらの副産物の精製、加工、貯蔵、売買及び輸送等を目的とする株式会社である。

原告は、被告の従業員である。

⑵ 原告は、平成28年9月14日、被告の社内通報窓口に対し、オーストラリアの法律事務所(以下「本件取引先」という。)との取引に関して被告が支払った金額に同国の付加価値税(以下「GST」という。)が含まれていたこと、オーストラリアの被告関連会社であるJXA(以下「JXA」という。)にGSTの還付がされたこと、GSTの金額が被告の経費に計上されたままであることから、将来的に法人税法等の法令違反に該当する可能性がないかを相談したい旨等の通報(以下「本件通報」という。)をした。(乙2)

⑶ 被告は、平成29年8月14日、原告に対し、本件通報に関する調査結果として、コンプライアンス違反となる事項ではない旨、還付可能であることを確認しているGSTの還付を含め、同年度上期を目途に対応完了予定である旨の報告(以下「本件調査報告」という。)をした。(乙11)

⑷ 当時、原告と同じ部署に所属していた被告の従業員は、平成29年10月16日、同部署の部長を宛先とし、CCの宛先に原告を含めたメール(以下「本件メール」という。)を送信した。

本件メールには、過去のGSTについては、同年9月までにJXAが還付請求を行い、JXAから被告への戻入れも実施済みである旨、具体的な処理については、経理部の指示に従い、本件取引先への支払(コンサルタント料)については一般管理費として計上し、JXAからの戻入れについては雑収入として計上した旨、平成28年11月以降、GSTの法改正によりオーストラリア国内に居住しない者に対するコンサルタント料の請求にはGSTが含まれないことをコンサルティング会社に確認済みである旨等が記載されている。(甲20の1、弁論の全趣旨)

⑸ 原告は、平成30年11月27日、被告の社内通報窓口に対し、GSTに関し、平成28年1月7日から平成29年10月16日までの間の一連の内容について、コンプライアンス違反となる事象の有無を確認させてほしい旨、コンプライアンス違反の有無の判断に関する具体的理由及び根拠法令を確認させてほしい旨の通報(以下「本件追加通報」といい、本件通報と合わせて「本件各通報」という。)をした。(乙9)

⑹ 被告は、令和元年10月25日、原告に対し、本件追加通報に関する調査結果として、GSTの還付をするかは任意であり、還付を受けないままでも不正行為等には当たらない旨、被告は、オーストラリアのGST還付制度を利用して還付を受けられるすべての金額について平成29年9月までに還付を受け、対応を完了している旨等の報告(以下「本件追加調査報告」といい、本件調査報告と合わせて「本件各調査報告」という。)をした。(乙12)

⑺ 原告は、令和3年5月31日、東京地方裁判所において、被告に対する損害賠償請求訴訟(同裁判所令和3年(ワ)第■■■■■号。以下「前訴」という。)を提起した。

前訴において、原告は、被告が、内部通報を行った従業員に対し、事実確認等を怠ることなく、伝えられた情報や疑念を客観的に検証するなど相応の措置を講ずるべき信義則上の義務を負うところ、本件各通報に対し、被告が、➀調査をせず、あるいは不十分であったこと、➁調査を実施しない場合の通知をしなかったこと、➂通報情報の厳重な管理を行わなかったこと、➃役員等への報告を適正に行っていなかったこと、➄再度、通報可能であることの通知をしなかったことにより、被告が原告に対する上記義務に違反したなどと主張し、債務不履行又は不法行為に基づく損害賠償請求として、慰謝料1円の支払を求めた。(乙3)

⑻ 前訴においては、令和4年12月22日、原告の請求をいずれも棄却する旨の1審判決が言い渡され、原告が控訴したものの、令和5年6月15日に控訴を棄却する旨の控訴審判決が言い渡された。原告は、上告及び上告受理申立てをしたが、令和5年8月28日に上告を取り下げ、また、令和6年1月25日に上告不受理決定がされたことにより、上記1審判決が確定した(以下、同判決を「前訴確定判決」という。)。(乙3ないし8)

⑼ 原告は、令和6年2月19日、東京簡易裁判所において、本件訴訟を提起した。(当裁判所に顕著)

⑽ 被告が定めるコンプライアンスポットライン規程(以下「本件規程」という。)には、調査結果等の通知・報告(本件規程3.6 ⑴ )として、通報者が通知を望まない場合や通知が困難である場合等を除き、調査の終了後、法務部長が通報者に対し、➀法令等に違反する事実又は違反するおそれのある事実の有無(3.6 ⑴ ア)、➁ ➀の法令等に違反する事実が確認された場合は、その是正措置及び再発防止策(3.6 ⑴ イ)、➂ ➀の法令等に違反するおそれのある事実が確認された場合は、その対応策(3.6(1)ウ)を通知する旨の規定がある(乙1)

⑾ 被告が掲げるグループ行動基準(以下「行動基準」という。)には、適切な情報管理と情報開示(行動基準11 ⑶ )として、「私たちは、業務上必要なすべての記録および報告を、事実に基づき、正確に、遺漏なく、かつ適時に作成します。」との規定がある。(甲2)

3 争点及び争点に関する当事者の主張

本件では、まず、本案前の答弁に関し、➀本件訴訟の提起が紛争の蒸し返しとして信義則に反するかが争点となり、本件訴訟の提起が信義則に反しない場合には、本案について、➁原告の主張が前訴確定判決の既判力に抵触するか、➂被告の債務不履行責任又は不法行為責任の有無が争点となる。

⑴ 争点 ⑴(本件訴訟の提起が紛争の蒸し返しとして信義則に反するか)

(被告の主張)

原告は、前訴において、被告の信義則上の義務違反を基礎づける事情として、本件各通報に関する本件規程違反を網羅的に主張していたのであり、本件訴訟は前訴の蒸し返しにほかならない。原告は、本件訴訟における主張を前訴においてもすることが容易にできたはずであり、少なくともその主張をする機会は十分にあった。

したがって、本件訴訟の提起は、信義則に反し、許されない。

(原告の主張)

否認ないし争う。

被告の調査補助者は、原告に対し、GSTの支払に関して、契約書の記載内容の調査を行わない旨の回答をしたり、支払済みのGSTが契約に基づくものか否かを検討したかについて回答をしなかったりしたため、前訴において、原告は、調査の過程でGST支払の適正性検証が行われなかったという誤った認識をしており(被告が原告に対し、そのような誤った認識を促したものといえる。)、本件訴訟における主張を前訴ですることは困難であった。

また、本件訴訟は、前訴で問題とされた事項に対する判断を覆そうとするものではなく、紛争の蒸し返しではない。

したがって、本件訴訟の提起は、信義則に反しない。

⑵ 争点 ⑵(原告の主張が前訴確定判決の既判力に抵触するか)

(被告の主張)

前訴及び本件訴訟のいずれについても、原告は、本件各通報に関する信義則上の義務違反が債務不履行又は不法行為に当たるとして、被告に対し、損害賠償請求をしているから、その訴訟物は同一である。

原告が本件訴訟で主張する本件規程違反及び行動基準違反に関する事実は、同一の信義則上の義務違反の評価根拠事実を追加するものにすぎず、当該事実は、前訴の控訴審の口頭弁論終結後に生じたものでもない。

したがって、本件訴訟における原告の主張は、前訴確定判決の既判力に抵触する。

(原告の主張)

否認ないし争う。

前訴において、原告は、被告が本件各通報について調査をせず又は調査が不十分であったこと等についての信義則上の義務違反を債務不履行又は不法行為と主張したのに対し、本件訴訟では、後記 ⑶ の(原告の主張)欄に詳述するとおり、被告が、➀法令等に違反する事実又は違反するおそれのある事実が存在するのに、本件各調査報告において、それがない旨の事実に反する内容を通知し、本件規程3.6 ⑴ アに違反したこと、➁その是正措置等を実行したのに、原告にその是正措置等を通知せず、本件規程3.6 ⑴ イ及びウに違反したこと、➂本件メールにおいて、上記是正措置等に関する正確性等に疑念のある情報を原告と共有し、行動基準11 ⑶ に違反したことを債務不履行又は不法行為と主張している。

したがって、本件訴訟における原告の主張は、前訴確定判決の既判力に抵触しない。

⑶ 争点 ⑶(被告の債務不履行責任又は不法行為責任の有無)

(原告の主張)

本件規程は、被告の全従業員に適用されるもので、従業員側から見れば、職場環境の改善の側面があり、労働条件に関わるものといえるから、就業規則に当たり、本件規程で定められた内容は、原告と被告との間の契約内容となる。また、行動基準は、本件規程1.2 ⑴ に定める「法令等」に含まれるから、本件規程及び行動基準に違反することは、契約上の義務違反となる。

仮に、本件規程が「就業規則」には当たらないとしても、本件規程において、一定の場合に一定の行為を具体的に行うことを定めて公表している以上、被告は、自らが定めた本件規程に基づく具体的な行為を行うべき信義則上の義務を負い、本件規程及び行動基準に違反することは、その信義則上の義務違反となる。

支払義務がないGSTを支払うことは、法令等に違反する事実又は違反するおそれのある事実であるのに、被告は、本件各調査報告において、➀それがコンプライアンス違反ではない又は不正行為等に該当しない旨の事実に反する内容を原告に通知し、本件規程3.6 ⑴ アに違反し、➁法令等に違反する事実又は違反するおそれのある事実(支払義務がないGSTを支払ったこと)について、その是正措置等を実行したのに、その是正措置等を原告に通知せず、本件規程3.6 ⑴ イ及びウに違反し、➂上記是正措置等に関し、本件メールにおいて、JXAがGSTの還付額として受けた金銭とJXAが被告に戻入れとして送金した金銭が同一の支払手続に関するものかが判然とせず、また、平成28年11月以降のGSTの法改正が特定できず、そのような法改正が存在したかも判然としないため、「事実に基づき、正確に、遺漏なく」作成されたとはいえない情報を原告と共有し、行動基準11 ⑶ に違反したから、直ちに債務不履行となる。そうでないとしても、本件規程に基づく具体的な行為を行うべき信義則上の義務に違反したといえる。

したがって、被告は、原告に対し、債務不履行責任又は不法行為責任を負う。

(被告の主張)

否認ないし争う。

本件規程は、被告の役員又は従業員の職務を規定するものであり、被告の義務を定めるものではないし、被告の会社組織内の自律的な規範にとどまるものであって、被告と従業員との間の直接の権利義務又は債権債務を生ぜしめるものでもない。行動基準も、事業活動における判断の拠り所となるものにすぎず、被告と従業員との間の直接の権利義務又は債権債務を生ぜしめるものではない。そのため、本件規程及び行動基準に違反したことが、直ちに債務不履行又は不法行為を構成することにはならない。

本件規程に基づく通報の具体的状況の如何によっては、被告が従業員に対して何らかの対応をすべき信義則上の義務を負う場合があり得るとしても、本件各通報については、法令等に違反する事実又は違反するおそれのある事実がなかったのであって、被告の対応が本件規程3.6 ⑴ アないしウ及び行動基準11 ⑶ に違反することはなく、上記信義則上の義務にも違反しない。

したがって、被告は、原告に対し、債務不履行責任又は不法行為責任を負わない。

第3 当裁判所の判断

1 争点 ⑴(本件訴訟の提起が紛争の蒸し返しとして信義則に反するか)

前訴は、原告が被告に対し、被告が本件各通報について、➀調査をせず、あるいは不十分であったこと、➁調査を実施しない場合の通知をしなかったこと、➂通報情報の厳重な管理を行わなかったこと、➃役員等への報告を適正に行っていなかったこと、➄再度、通報可能であることの通知をしなかったことが信義則上の義務に違反したなどとして、債務不履行又は不法行為に基づく損害賠償(慰謝料)を求めたものである。

他方、本件訴訟における原告の請求は、被告が本件各調査報告において、➀支払義務がないGSTを支払ったことがコンプライアンス違反ではない又は不正行為等に該当しない旨の事実に反する内容を原告に通知し、本件規程3.6 ⑴ アに違反したこと、➁支払義務がないGSTを支払ったことに関して実行した是正措置等を原告に通知せず、本件規程3.6 ⑴ イ及びウに違反したこと、➂本件メールにより上記是正措置等に関する正確性等に疑念のある情報を原告と共有し、行動基準11 ⑶ に違反したことが契約上の義務又は信義則上の義務に違反するとして、債務不履行又は不法行為に基づく損害賠償(慰謝料)を求めるものである。

このように、前訴及び本件訴訟における原告の各請求は、いずれも本件各通報に対する被告の対応を問題として債務不履行又は不法行為に基づく損害賠償(慰謝料)を求めるものであり、その損害は、本件各通報に対する被告の一連の対応において生じた原告の一体的な精神的損害をいうものと見ることも十分に考えられるから、被告が、本件訴訟が前訴の蒸し返しである旨を主張することにも相応の理由があるということができる。

もっとも、前訴及び本件訴訟で問題とされる被告の債務不履行又は不法行為その具体的な内容は、本件各通報に対する被告の調査の実施等に関する違法をいうものか(前訴)、本件各調査報告における被告の判断及びその後の対応に関する違法をいうものか(本件訴訟)で厳密には異なる。また、これらは、一方が違法又は違法ではないとされれば、他方の違法性の有無が直ちに定まるという関係にあるものではない(一方の請求が他方の請求の前提となるものではない)から、審理の対象が直ちに重複するものでもない。加えて、本件訴訟で原告が主張する上記事実が前訴の審理の対象とされた事情もうかがえない。

以上の事情を総合的に勘案し、本件訴訟が本件各通報に対する被告の対応を問題とする2度目の訴訟にとどまることも踏まえれば、本件訴訟は、その限りにおいて、前訴を実質的に蒸し返すものとして信義則に反するとまでいうことはできない。

したがって、本件訴訟の提起が信義則に反し不適法であるとまではいえない。

2 争点 ⑵(原告の主張が前訴確定判決の既判力に抵触するか)

上記のとおり、前訴と本件訴訟とでは、債務不履行又は不法行為の内容となる被告の具体的な義務の内容及び行為態様が異なり、その発生原因を異にするものといえ、訴訟物が同一であるとは認められない。

また、前訴における訴訟物の存在が、本件訴訟における原告の請求の前提となるものでもない。

したがって、本件訴訟における原告の主張が、前訴確定判決の既判力に抵触するとはいえない。

3 争点 ⑶(被告の債務不履行責任又は不法行為責任の有無)

⑴ 原告は、本件規程及び行動基準の違反が直ちに被告の債務不履行又は不法行為を構成する旨主張する。

証拠(乙1)によれば、本件規程の目的は、被告も含まれるENEOSグループにおける法令等に違反する行為又は違反するおそれのある行為(不正行為等)を早期に是正するため、通報窓口及び対応体制を定め、ENEOSグループのコンプライアンス体制を強化する点にあり(本件規程1.1)、調査の結果、法令等に違反する事実又は違反するおそれのある事実が確認された場合には、当該事実に対する是正措置及び再発防止策等を検討の上、速やかにこれらを実行する(本件規程3.5)こととされていること、他方、通報者との関係においては、通報を行ったことを理由とする不利益な取扱いを禁止し(本件規程2.4、3.11)、調査結果等を通知する(本件規程3.6 ⑴ )こととされているにとどまることが認められる。

また、証拠(甲2)によれば、行動基準は、ENEOSグループで働く者が事業活動を通じてENEOSグループの理念を実現し、社会的責任を果たしていくために実践すべき基準であり、すべての社内規程類の前提として、事業活動における判断の拠り所となるものと位置付けられていることが認められ、行動基準は、一般的な行動指針を示すにとどまるものといえる。

本件規程の上記構造からすれば、被告社内の内部通報制度は、基本的に、被告が不正行為等を早期に発見し、自らそれを是正して被告等の業務の適正化を図るために設けられたものであり、通報者個人のために設けられたものではないといえ、本件規程が直ちに被告と通報者個人との間の権利義務関係を生じさせるものとは認められない(本件規程が労働条件を定めたものということもできず、本件規程が就業規則であるとの原告の主張は、採用できない。)。また、上記のとおり、行動基準は、一般的な行動指針を示すものにすぎないから、直ちに被告と通報者個人との間の権利義務関係を生じさせるものとは認められない。

以上からすれば、本件規程及び行動基準の違反が直ちに債務不履行又は不法行為を構成する旨の原告の主張は、採用できない。

⑵ 原告は、本件規程及び行動基準に違反した場合、本件規程に基づく具体的な行為を行うべき信義則上の義務に違反する旨主張する。原告は、要するに、法令等に違反する事実又は違反するおそれのある事実が存在したのに、本件各調査報告において、被告がその事実がない旨判断し、それを前提とする対応をしたことが本件規程及び行動基準の違反である旨を主張しているから、その点について、損害賠償責任を生じさせることとなる信義則上の義務違反があるかを検討する。

上記のとおり、被告社内の内部通報制度は、基本的に、被告が不正行為等を早期に発見し、自らそれを是正して被告等の業務の適正化を図るために設けられたものであり、本件規程には、通報者に対し、調査結果等を通知する旨の規定(本件規程3.6(1))が置かれているが、調査結果等に対する不服申立てに関する規定は置かれていない(乙2)。また、本件各通報は、支払義務がないGSTを支払ったことが法令等に違反し、又は違反するおそれがあることを指摘するものであるところ、GSTの支払により原告が直接被害を受けたものではない。

そうすると、原告は、本件各通報に対する被告の調査結果等に対して不服を述べる法的な利益を有していないというべきであって、本件各調査報告における被告の判断及びそれを前提とする被告の対応をもって、被告の原告に対する損害賠償責任を生じさせることとなる信義則上の義務違反があったということはできない。

なお、本件各通報に対する調査結果(当該調査に関し、被告が調査をせず又は不十分であったこと等に関する原告の被告に対する債務不履行及び不法行為に基づく損害賠償請求権が存在しないことは、前訴確定判決のとおりである。)を踏まえ、被告がGSTを支払ったことがコンプライアンス違反となる事項ではない旨(本件調査報告)、GSTの還付をするかは任意であり、還付を受けないままでも不正行為等には当たらない旨(本件追加調査報告)の各判断をしたことが不相当であると認めるに足りる的確な証拠もないから、いずれにしても、原告の上記主張は、採用できない。

また、原告は、上記以外の本件規程、行動基準その他被告が定めた社内規程等の条項にも違反する旨等を指摘するが、いずれも上記判断を左右しない。

⑶ 上記に加え、原告は、被告が本件各通報に対する調査の過程で法令等に違反する事実又は違反するおそれのある事実があることを確認しながら、それを表面化させない目的で、不適切な情報を原告に共有したこと等が本件規程3.11 ⑴ の不利益取扱いの禁止に反する旨を主張するが、上記のとおり、被告が原告に不適切な情報を共有したとは認められないし、被告が原告の主張するような目的を有していたと認めるに足りる証拠もないから、原告の上記主張は、採用できない。

また、原告は、被告の対応が行動基準12 ⑶ (相互の対話及び円滑な意思疎通を通じて働きやすい職場環境を確保維持するように努める旨の規定)や労働契約法5条に反し、債務不履行又は不法行為となる旨も主張するが、具体的な安全配慮義務の内容が十分に特定されていない上、被告が何らかの安全配慮義務に反する対応をしたものとも認められず、原告の上記主張は、いずれも採用できない。

4 小括

以上のとおり、原告の主張する被告の債務不履行及び不法行為があったとは認められない。

第4 結論

よって、原告の請求にはいずれも理由がないから棄却することとし、主文のとおり判決する。

東京地方裁判所民事第19部

裁判官 坂巻陽士

東京高裁 判決文

令和7年9月9日判決言渡同日原本領収裁判所書記官

令和7年(ネ)第■■■■号損害賠償請求控訴事件(原審・東京地方裁判所令和6年(ワ)第■■■■■号)

口頭弁論終結日令和7年7月15日

判決

東京都千代田区大手町一丁目1番2号ENEOS株式会社内

控訴人 ■■■■

東京都千代田区大手町一丁目1番2号

被控訴人 ENEOS株式会社

同代表者代表取締役 山口敦治

同訴訟代理人弁護士 ■■■■

主文

1 本件控訴を棄却する。

2 控訴費用は控訴人の負担とする。

事実及び理由

第1 控訴の趣旨

1 原判決を取り消す。

2 被控訴人は、控訴人に対し、1円を支払え。

第2 事案の概要(以下、略称は、別途定めるほかは、原判決の例による。)

1 本件は、被控訴人の従業員である控訴人が、被控訴人の社内の内部通報制度を利用して通報をしたが、被控訴人は、①これについて法令等に違反する事実又は違反するおそれのある事実があって、それに対して是正措置及び再発防止策、又は対策(以下、これらを合せて「是正措置等」という。)を実行したのに、控訴人に対し、対象を特定しないまま、コンプライアンス違反ではない又は不正行為等に該当しない旨の誤った内容を通知し、内部通報制度に関する規程に違反した、②上記のとおり法令等に違反する事実又は違反するおそれのある事実について是正措置等を実行したのに、控訴人にその是正措置等を通知せず、上記規程に違反した、③上記是正措置等に関する正確性等に疑念のある情報を控訴人と共有し、被控訴人の掲げる行動基準に違反したものであり、これらの違反により上記規程に基づく「調査結果等の通知」に違反する行為が存在したと評価されるなどと主張して、被控訴人に対し、債務不履行又は不法行為に基づく損害賠償として、1円の支払を求める事案である。

原審は、被控訴人に債務不履行又は不法行為は認められないとして、控訴人の請求をいずれも棄却した。控訴人は、これを不服として、控訴を提起した。

2 前提事実、争点及び争点に関する当事者の主張は、原判決を次のとおり補正し、当審における控訴人の補充的主張を後記3のとおり付加するほかは、原判決の「事実及び理由」中の「第2事案の概要」の2及び3に記載のとおりであるから、これを引用する。なお、補正後の前提事実を「補正後前提事実」という。

⑴ 原判決2頁12行目から同13行目にかけての「含まれていたこと、」の次に 「そのGSTの還付は」を加え、同14行目の「GSTの還付が」を削り、同15行目から同16行目にかけての「可能性がないかを」を「可能性があるのかが分からないため、」に改める。

⑵ 原判決2頁16行目末尾に改行の上、次の内容を加える。

「 海外企業が日本企業である被控訴人に対してGSTを請求することは、特殊な場合を除いてほとんどないが、被控訴人と本件取引先との間の平成27年1月19日に締結された契約書(以下「平成27年契約書」という。)に基づく取引においては、平成29年4月まで、本件取引先が被控訴人に対し、平成27年契約書に記載されている金額にGST分を別途上乗せした金額を請求し、被控訴人も同金額を本件取引先に支払っていた(乙12)。」

⑶ 原判決2頁26行目の「経理部の指示に従い、」の次に「被控訴人から」を、同3頁1行目の「JXAから」の次に「被控訴人へ」をそれぞれ加える。

⑷ 原判決3頁18行目の「東京地方裁判所において」を「東京地方裁判所に」に、同22行目から同23行目にかけての「相応の措置を講ずるべき」を「体制として整備された仕組みに基づいて適切に対応すべき」にそれぞれ改め、同4頁3行目の「乙3」の次に「、4」を加える。

⑸ 原判決4頁10行目の「東京簡易裁判所において」を「東京簡易裁判所に」に改める。

⑹ 原判決4頁12行目冒頭から同19行目末尾までを次のとおり改める。

「⑽ 被控訴人が定めるコンプライアンスホットライン規程(以下「本件規程」という。)には、次の規定がある(乙1)。

ア 目的(1.1)

本件規程は、ENEOSホールディングス株式会社の「ENEOSグループ内部通報制度基本規程」及び被控訴人の「コンプライアンス規程」に則り、ENEOSグループにおける法令等に違反する行為又は違反するおそれのある行為(以下「不正行為等」という。)について、これを早期に是正するため、通報窓口及び対応体制(以下「コンプライアンスホットライン制度」という。)を定め、もって、ENEOSグループのコンプライアンス体制を強化することを目的とする。

イ 定義(1.2)

本件規程における用語の意義は、本件規程の他の条項で別に定義するものを除き、次の各号に定めるところによる。

(ア)「法令等」とは、国内外の法令、契約、定義及び規程類をいう(⑴)。

(イ)「通報」とは、被控訴人、エネルギーグループ会社、又はENEOSグループ会社において、次の各号に定める状態を発見し、又はその報告を受けた場合に、これを是正する目的でこの内容を告げる行為をいう(⑸)。

➀ 不正行為等を発見し、又は不正行為等が行われている旨の報告を受けたとき(ア)

➁ 不正行為等を内容とする職務命令を受けたとき(イ)

(ウ)「通報情報」とは、後記エの通報窓口に対してなされた通報に係る情報をいう(⑹)。

(エ)「通報者」とは、後記エの通報窓口に通報を行った者をいう(⑺)。

(オ)「被通報者」とは、通報の対象となった不正行為等の当事者をいう(⑻)。

(カ)「調査」とは、通報情報に関する事実を確認するための調査をいう(⑼)。

(キ)「調査協力者」とは、通報情報に関する事実を確認するためのヒアリングに応じるなど、調査の対象者としてこれに協力した者をいう(⑽)。

ウ 責任者(1.3)

本件規程の運用を統括する責任者については、これを社長とする。

エ 通報窓口(2.1)

従業員等は、次に定める窓口のいずれか(以下総称して「通報窓口」という。)に対して、通報を行うことができる。

社内窓口(⑴)法務部長(ア)

オ 相談(2.3)

従業員等は、次の事項について、実名・匿名を問わず、通報窓口に相談を行うことができる(⑴)。

(ア)不正行為等に該当するか否かを判断することができない行為につき、不正行為等の有無(ア)

(イ)コンプライアンスホットライン制度の内容(イ)

カ 通報に係る調査(3.4)

(ア)法務部長は、社長の指示に従い、必要に応じて、弁護士及び関係部(所・店)長(以下「コンプライアンス責任者」という。)とともに、調査を行う(⑴)。

(イ)法務部長及びコンプライアンス責任者(以下総称して「対応者」という。)は、調査を行うに当たり、必要最小限の範囲で、調査を補助する者(以下「調査補助者」という。)を選任し、当該調査を行わせることができる。この場合、対応者は、調査補助者に対して、その者が調査補助者として本件規程を遵守の上調査に従事しなければならないことを明確に指示する(⑵)。

キ 是正措置及び再発防止策(3.5)

対応者は、調査の結果、法令等に違反する事実又は違反するおそれのある事実が確認された場合、社長の指示に従い、関係役員等及び必要に応じて弁護士と協議し、当該事実に対する是正措置及び再発防止策等を検討の上、速やかにこれらを実行する。

ク 調査結果等の通知・報告(3.6)

法務部長は、調査の終了後、被通報者及び調査協力者の名誉、信用、プライバシー等に十分配慮した上で、実名通報者に対して、次の事項(以下総称して「調査結果等」という。)を通知する。ただし、通報者が通知を望まない場合、通報者への通知が困難である場合その他やむを得ない理由がある場合は、この限りではない。(⑴)

➀ 法令等に違反する事実又は違反するおそれのある事実の有無(ア)

➁ 法令等に違反する事実が確認された場合は、その是正措置及び再発防止策(イ)

➂ 法令等に違反するおそれのある事実が確認された場合は、その対応策(ウ)

➃ 本通知後、不正行為等が是正されない場合、不正行為等が再発するおそれがある場合、又は通報を行ったことを理由とした不利益な取扱いを受けた場合は、再度、通報窓口に通報することが可能であること(エ)」

⑺ 原判決6頁11行目から同13行目にかけての「法令等に違反する事実又は違反するおそれのある事実が存在するのに、本件各調査報告において、それがない旨の事実に反する内容を通知し、」を「法令等に違反する事実又は違反するおそれのある事実があって、それに対して是正措置等を実行したのに、本件各調査報告において、対象を特定しないまま、コンプライアンス違反ではない又は不正行為等に該当しない旨の誤った内容を通知し、」に改め、同13行目の「②」の次に「上記の法令等に違反する事実又は違反するおそれのある事実について、」を加え、同14行目の「本件規程3.6(1)イ及びウ」を「本件規程3.6(1)イ又はウ」に改める。

⑻ 原判決7頁6行目から同7行目にかけての「支払義務がないGSTを支払うことは、法令等に違反する事実又は違反するおそれのある事実であるのに、」を「被控訴人と本件取引先との間の平成27年契約書に基づく取引において、平成27年契約書にはGSTに関する定めがないにもかかわらず、被控訴人が本件取引先に対し、平成27年契約書に記載されている金額のほかにGST分を別途上乗せして支払うことは、支払義務のないGSTの支払として、法令等に違反する事実又は違反するおそれのある事実であって(以下、単に、上記のGST分を別途上乗せして支払ったことを「支払義務のないGSTの支払」などということがある。)、それに対して是正措置等を実行したのに、」に、同7行目から同8行目にかけての「それが」を「対象を特定しないまま、」に、同8行目から同9行目にかけての「事実に反する」を「誤った」に、同12行目の「本件規程3.6(1)イ及びウ」を「本件規程3.6(1)イヌはウ」にそれぞれ改める。

3.当審における控訴人の補充的主張

⑴ ➀内部通報制度における通報者に対する調査結果等の通知が、公益通報者保護法及び同法に基づく法定指針において事業者の義務として規定されている上、被控訴人が自身のホームページにおいて内部通報制度が公益通報者保護法に則った制度である旨を公表していること、②被控訴人が、令和2年法律第51号による改正後の公益通報者保護法が令和4年に施行される前から、従業員向け制度説明資料において、「責任ある調査・フィードバック」の実施を表明していたこと、③これらにより、通報者側においては、実名を開示して通報を行えば「調査結果等の通知」が受けられるとの合理的期待が形成されていることからすれば、被控訴人は、実名通報者に対して「調査結果等の通知」を行う法的義務を負っているというべきである。

⑵ 原判決は、本件調査報告において、「被控訴人がGSTを支払ったことがコンプライアンス違反となる事項ではない旨(中略)の(中略)判断をした」と判示するが、控訴人及び被控訴人のいずれも、本件調査報告において、「被控訴人がGSTを支払ったこと」自体が「コンプライアンス違反となる事項ではない」と判断されたと主張しているわけではなく、これは当事者双方の主張や証拠の内容を誤解したものであり、誤っている。

被控訴人は、本件調査報告において「コンプライアンス違反となる事項ではない」と判断した対象事項の具体的内容を明らかにしておらず、また、本件各調査報告において、実際に実行した本件規程に基づく是正措置等(具体的には、①被控訴人が、平成29年5月の本件取引先の請求から同年1月から4月にかけてのGST支払分を差し引くという措置を講じたことや、②被控訴人が、本件調査報告後に、本件取引先と新たに契約を締結したこと)を通知しなかった。

したがって、被控訴人には本件規程に基づく「調査結果等の通知」に違反する行為が存在する。

⑶ 被控訴人が、本件調査報告において「コンプライアンス違反となる事項ではない」と判断した対象事項の具体的内容を明らかにしておらず、また、本件各調査報告において、実際に実行した本件規程に基づく是正措置等(前記 ⑵ ①及び②の対応)を通知しなかったことは、その通知を受ける控訴人の法的利益を侵害したものというべきである。

さらに、上記のような被控訴人の対応は、内部通報制度に対する控訴人の信頼を損ない、ひいては心理的安全性をも損なう結果をもたらしたものと評価すべきである。

第3 当裁判所の判断

1 当裁判所も、控訴人の請求は理由がないと判断する。その理由は、当審における控訴人の補充的主張も踏まえて以下のとおり原判決を補正するほかは、原判決の「事実及び理由」中の「第3当裁判所の判断」の1ないし3に記載のとおりであるから、これを引用する。

⑴ 原判決8頁21行目の「支払義務がないGSTを支払ったことが」を「被控訴人が本件各通報に対し対象を特定せずに」に、同22行目の「事実に反する」を「誤った」に、同23行目の「支払義務がないGSTを支払ったことに関して」を「本件各通報に関して」に、同24行目の「本件規程3.6(1)イ及びウ」を「本件規程3.6(1)イ又はウ」にそれぞれ改める。

⑵ 原判決10頁5行目冒頭から同12頁23行目末尾までを次のとおり改める。

「⑴ 認定事実

前記の補正後前提事実に加え、後掲各証拠(書証は特記しない限り枝番号を含む。)及び弁論の全趣旨を総合すると、次の事実が認められる。

ア 控訴人は、平成28年9月14日、被控訴人の社内通報窓口のメールアドレスに「コンプライアンスホットライン 通報用フォーム」と題するファイル(以下「本件フォーム」という。)を添付したメールを送信した(本件通報)。

本件フォームの「法令等違反の具体的な内容」欄には、「将来的に法人税法等の法令違反に該当する可能性があるのか、分からないため、相談させていただきたい。」と記載され、続いて「内容」として、「海外取引で支払った当社宛の請求書の金額について、付加価値税が含まれていた。(豪州、当時の為替で650万円)その付加価値税の還付は豪州関連会社のJXAに納付された。なお、付加価値税分の金額は経費で計上されたままである。(コンサルタント費用・法人税に影響?)」と記載され、更に「経緯」として、平成28年1月7日に費用(海外取引)として計上されている付加価値税があることをGMに伝えたところ、GMからは担当が対応するとの回答があったことや、同年9月10日に、控訴人が、上記処理について担当に確認したところ、付加価値税はJXAに還付されたとの回答があったが、振替処理などの処理は未確認であることなどが記載されていた。(以上につき、甲5、乙2)

イ 被控訴人法務部法務グループ(以下、単に「法務グループ」という。)は、本件通報の対象を、被控訴人の納付したGSTについてJXAが還付を受けることと捉えた上で、経理部に問合せを行うなどした。そして、法務グループ調査補助者は、平成28年12月28日、控訴人に対し、問合せをしていた経理部からの回答の概要が、①被控訴人はJXAとグルーピング登録を行っていることから、被控訴人が納付した付加価値税について、JXAが還付を受けることは問題なく、その後、当該還付金を被控訴人・JXA間でどう精算するかは決めの問題である、②JXAが還付処理をしているか自体が不明である場合は、貴部からJXAに問い合わせるか、別途相談してもらいたい、③個別の取引が付加価値税の対象であるかどうかは、取引の性質により取引ごとに異なるため、一部還付申請がされていないとしても、直ちにコンプライアンス違反とはいえない、判別に困る場合は別途相談してもらいたい、という内容であった旨のメールを送信した(甲12、乙10)。

ウ 控訴人は、平成29年1月4日、法務グループ調査補助者に対し、前記イのメールに対して、①被控訴人の費用に関わる付加価値税の還付金をJXAへ入金させる手続について、当初は、近年、問題視されている“BEPS(税源浸食と利益移転)”と関係するのではと疑問に感じていたが、“グルーピング登録”を行っていることにより問題がないとのこと理解した旨、②JXAが還付処理をしているかどうかや、還付金を被控訴人・JXA間でどう精算するかの決めについては、被控訴人として不要との見解であれば、未確認のままでよいと思うので、どうするかは担当課所に任せる旨、③当方の還付金請求に関する業務フロ一の理解としては、外国企業との企業間の契約書作成(取引の内容により、可能であれば、請求金額に付加価値税を含めない契約をする)、①役務の対価の支払(付加価値税が記載されていれば、その額を定めた請求金額を費用計上する)、グルーピング登録をしている関連子会社の税務手続時に合わせ、還付を受けられる金額を年度集計し、インボイスのコピーを収集して、子会社へ送付、還付申請が行われたかの確認については、還付金を子会社の収益として計上するため不要、というものである旨等を記載したメールを送信した(甲13の1)。

エ 法務グループは、平成29年8月14日、控訴人に対し、本件調査報告をした。

本件調査報告では、本件は、税務上もコンプライアンス違反となる事項ではない旨を経理部と確認済みであり、さらに、■■事業部■■プロジェクトグループ(以下「■■プロジェクトグループ」という。)GMに事実確認等をしたところ、経理部等と相談し、GSTに関する業務を■■業務グループに移管した上で、GSTの還付を含め、今年度上半期を目途に対応完了予定であることを確認したとして、コンプライアンス違反ではなく、さらに、業務改善に向けて具体的な対応が進んでいる状況であり、コンプライアンスホットライン案件としては特段の対応は実施しない、■■プロジェクトグループ内での過去の調査経緯等についても問合せがあったが、コンプライアンスホットライン相談は「不正行為等の有無」を確認するものであり、本件が既にコンプライアンス違反でないことが確認されているため、回答を差し控えるなどとされていた。(以上につき、甲19、乙11)

オ 平成29年10月16日、当時、控訴人と同じ■■事業部に所属していた被控訴人の従業員は、同部の部長を宛先とし、CCの宛先に控訴人を含めたメール(本件メール)を送信した。

本件メールには、豪州GSTの過年度支払分については、JXAにおいて平成29年9月までに還付請求を実施し、JXAへの還付額については被控訴人への戻入れも実施済みである、具体的な処理は、経理部の指示に従って、被控訴人において支払った際はコンサルタント料なので一般管理費で計上し、JXAにおいて還付を受けた過去分のGSTの被控訴人への戻入れは雑収入で計上した旨、コンサルタント会社に、平成28年11月以降、GSTの法改正により、非居住者である被控訴人に対するコンサルタント料の請求にはGSTは含まれないことを確認済みである旨等が記載されていた。(以上につき、甲20の1)

カ 控訴人は、平成30年11月27日、被控訴人の社内通報窓口のメールアドレスに本件フォームを添付したメールを送信した(本件追加通報)。

本件フォームの「法令等違反の具体的な内容」欄には、「2016年1月7日~2017年10月16日で起きた一連の内容について、コンプライアンス違反となる事象の有無を確認させていただきたい。また、コンプライアンス違反の有無の判断に基づく具体的理由、および、根拠法令について確認させていただきたい。」などと記載された上で、上記期間について時系列で出来事が列挙され、随時、「JXAからJXE(引用者注:被控訴人)へ返金分の支払いが無ければ、利益移転となるため疑問があった。」などと控訴人の疑問点等が記載されていた。(以上につき、甲22の1、乙9)

キ 本件追加通報において通報窓口に送られた本件フォームの記載は、「2016年1月7日~2017年10月16日で起きた一連の内容について、コンプライアンス違反となる事象の有無を確認させていただきたい。」などとして時系列で出来事等を列挙するのみで、通報の対象とした不正行為等が判然としないものであったため、被控訴人法務部法務2グループ(以下、単に「法務2グループ」という。)調査補助者は、控訴人とのやり取りを実施した上で(なお、控訴人は、そのやり取りの中で、「コンサル費用の支払いについては、契約書に「請求額にGSTを含める」と記載があれば、支払いに関してはミスが無かったことになります。」が、「逆に、契約書に「請求額にGSTを含めない」と記載されている場合は、請求書の間違いは、先方の経理担当の作業ミスによるものと思われますので、その間違いを先方に伝えるまで、そのまま、GSTが上乗せされた請求が続く可能性があります。GSTに関する記載が無い場合は、海外取引なので、通念として、請求書の記載は免税となるのではないでしょうか。」との見解等を述べている。)、GSTの還付処理及び被控訴人の帳簿への費用計上処理の適切な是正措置が完了しているか、是正措置の過程で問題の隠蔽や控訴人への圧迫があったかについて、コンプライアンス違反の有無を調査回答したいなどと整理したものの、控訴人が、控訴人の列挙する疑問点を調査してほしい旨のメールを繰り返し送信するなどし、最終的に、自ら、「通報情報に関する事実」を、被通報者(■■プロジェクトグループGM。以下同じ。)は、「支払う義務が無い付加価値税」が請求書に含まれていることを、部下の通報者(控訴人。以下同じ。)からの進言により認識していたにもかかわらず、調査補助者(法務グループGMを含めた平成28年度の法務部員。以下同じ。)から指導されるまで、請求した会社への通知や当局への請求、及び、進言を受けてから部内展開を1年以上行わなかった(No.1)、被通報者は、「支払う義務が無い付加価値税」が請求書に含まれていることを、部下の通報者の進言により認識していたにもかかわらず、請求した会社への通知や当局への請求を1年以上行わず、「支払う義務が無い付加価値税」の支払を続けていた(No.2)、被通報者から通報情報に係る業務の移管を受けた対応者の措置は、被通報者が「支払う義務が無い付加価値税」に関する数回に及ぶ進言を無視し、調査補助者の指導が行われるまで対応をしなかったため、会計年度が2年を過ぎる「期ずれ」となる会計処理となった(No.10)など30項目(以下「本件30項目」という。)に分けて整理したパワーポイント資料を作成し、これを法務2グループ調査補助者に送付するなどした。法務2グループは、過去の一定期間においてGSTが課されていたもの等を整理し、関係者へのヒアリングを実施するなどの調査をした。(以上につき、甲22の2・3、甲23乙12)

ク 法務2グループは、令和元年10月25日、控訴人に対し、本件追加調査報告をした。

本件追加調査報告では、平成28年1月から平成31年3月までの期間においてGSTが課されていたもの等を整理した上で(なお、平成31年4月以降の請求分については、帳簿を取り寄せての調査は行われていないが、GSTを含む請求を行っていた本件取引先が平成29年5月以降はGST課税での請求を行っていないことが確認できたため、調査する必要なしと判断された。)、結論として、一般に、GSTの還付は納税者の「権利」であり「義務」ではなく、したがって、GSTの還付をするか否かは任意であり、還付を受けないままであったとしても、不正行為等に当たらない、■■事業部は、通報者による問題提起に対して、豪州のGST還付制度を利用して還付を受けられる全ての金額について、平成29年9月までに還付を受け対応を完了している、具体的には、■■事業部は豪州のGSTについて税務コンサルタント及び社内関係部署に不明点を照会し、該当するGSTの請求書について調査し、JXAから被控訴人が負担したGST相当額の返金を受けるという手続を採っており、この対応に不備は認められない、加えて、本件判断に際しては、経理(税務)部門にも照会して助言を得ており、業務遂行プロセスとして適切である、また、調査の過程で、■■プロジェクトグループGMが通報事実について隠蔽する、又はパワーハラスメントを行うといった行為は発見されず、むしろ問題提起を受けて真摯に、かつ組織的に解決に向けて取り組み、対応を完了したものと判断するなどとされ、併せて、本件30項目についても、いずれも不正行為等に該当しない旨の調査結果が示された。(以上につき、甲24乙12)

ケ 控訴人は、令和元年12月2日及び同月10日、被控訴人の代表取締役社長をCCに入れるなどして、法務2グループGM及び法務2グループ調査補助者に対し、本件追加調査報告は論点のすり替えである、控訴人が行った問題提起は「還付手続きに関すること」ではなく、「契約書の内容確認や本件取引先への照会で、請求書の記載に間違いがないかを確認をすること」である、控訴人は、平成28年の発覚時に、役務提供対価ではないGSTが一般管理費で計上されていたので、■■プロジェクトグループGMに対し決算仕訳の必要性を伝えていたが、同GMから決算仕訳に関する説明はなかった、上記発覚時、契約書の内容確認や本件取引先への照会は行われたのか、契約書を確認することによって、「請求書にGSTが記載されていた原因」が分かるが、自分はいまだに原因を知らされていない、後の経緯からすれば、上記発覚時に本件取引先へ請求内容の照会をしていれば、速やかな返金を受けられた可能性があり、その場合は、税務コンサルタント費用等の費用対効果を考慮する必要がないので、対応に時間を要することもない、契約書にGSTを課す記載がなかった場合、本件取引先からの請求書に記載されているGSTは間違いであるなどと記載したメールを送信した(甲25の2・4)。

これに対し、法務2グループ調査補助者は、令和元年12月20日、控訴人に対し、控訴人が指摘するGSTが課税されない取引があり得るというのは一般論であり、被控訴人と本件取引先との個別取引についてGSTが課税されるか否かについては、詳細な検討が必要であったとした上で、そのために税務アドバイザーを起用して検討を行ったことは対応として誤りではないし、被控訴人の決算仕訳については、控訴人に説明が行われなかったからといって、コンプライアンスに違反するものではない、被控訴人と本件取引先との間の取引に税金が課されるか否かは、契約書ではなく、国(本件取引先との取引であれば豪州国)が決めることなので、契約書上のGST条項の有無や記載内容については、結論に関係がないので調べることはしないなどと回答するとともに、調査の結論に影響を及ぼさない控訴人の疑問点については、今後更に要望等があっても、調べることはないなどと返信した(甲25の5)。

その後も、控訴人は、令和2年1月16日、法務2グループ調査補助者に対し、■■事業部においてGSTの問題を担当している者がJXAや税務担当者に問合せをしたメールはないかなどと質問するメールを送信したが(甲25の7)、上記調査補助者は、同月23日、業務上の裁量に属する行為の当否について調査しても、調査結果の結論に変更はなく、これ以上調査する必要を認めないとの判断に至った旨を返信した(甲25の8)。

コ 控訴人は、令和2年3月27日、被控訴人の多数の従業員が閲覧可能な「社長・太田さんの輪」と題する被控訴人の社内SNS(以下「本件SNS」という。)に、本投稿は、コンプライアンスホットライン制度の責任者である被控訴人代表取締役社長に伝えるものであるとした上で、本件各通報について、取引先との契約書におけるGSTに関する記載内容等について十分な調査がされていないなどとして、本質や論点がすり替わっていない調査をお願いしたいなどとする投稿をした(甲26)。

サ 法務2グループは、令和2年6月25日、控訴人に対し、控訴人が本件SNSに投稿した内容について、これまでの説明とも重複する部分があるが、改めて回答するとし、本件追加通報に関しては、法務部員は、通報者本人に加えた関係者のヒアリングに加え、当時のメールと請求書も原典として収集した上で、事実確認を行い、令和元年10月25日に調査結果を回答したものであるが(本件追加調査報告)、今回改めて被控訴人と本件取引先との契約書についても入手し、調査を行ったところ、①平成27年契約書には、GSTに関する定めはなく、平成30年に新たな契約が締結されるまでは、平成27年契約書に基づき発注が行われていた、②平成30年に締結された契約書(以下「平成30年契約書」という。)には、豪州国外の顧客に対するサービス提供費用には豪州GSTを課さない旨の定めがある、③本件取引先が被控訴人にGSTを請求していたのは、平成29年4月までである、と回答した(甲21の1)。

これに対し、控訴人が、令和2年6月29日、法務2.グループ調査補助者に対し、上記各契約書の契約日と有効期間を確認させてほしい旨のメールを送信したところ(甲21の2)、法務2グループは、同年7月9日、控訴人に対し、①平成27年契約書は、契約締結日が平成27年1月19日であること、有効期間は平成26年4月1日から平成28年3月31日までの2年間で、以降、いずれか一方当事者からの90日前予告がない限り自動延長になるとされていたこと、GST等に関する記載はなかったこと、②平成30年契約書は、契約締結日が平成30年9月13日であること、有効期間はいずれか一方の当事者から解約の意思表示がない限りは無期限とされていること、GST等に関しては、豪州国外の顧客に対するサービス提供費用には、豪州GSTを課さないが、本件取引先がGSTを課すべきと判断すれば、GST込みで請求する権利を有するとの記載があったことを回答した。(なお、被控訴人は、この項に記載した被控訴人の回答内容の真実性を特に争ってはいない。)

⑵ 被控訴人の債務不履行又は不法行為の有無について

ア(ア)控訴人は、①被控訴人と本件取引先との間の平成27年契約書に基づく取引において、平成27年契約書にはGSTに関する定めがないにもかかわらず、被控訴人が本件取引先に対し、平成27年契約書に記載されている金額のほかにGST分を別途上乗せして支払うことは、支払義務のないGSTの支払として、法令等に違反する事実又は違反するおそれのある事実であって、それに対して是正措置等を実行したのに、被控訴人は、本件各調査報告において、対象を特定しないまま、コンプライアンス違反ではない又は不正行為等に該当しない旨の誤った内容を控訴人に通知し、本件規程3.6(1)アに違反した、また、②上記の法令等に違反する事実又は違反するおそれのある事実について、被控訴人は、その是正措置等を実行したのに、控訴人にその是正措置等を通知せず、本件規程3.6(1)イ又はウに違反した旨主張する。

しかしながら、通報の意義について検討するに、補正後前提事実(10)のとおり、本件規程上、通報情報とは、通報窓口に対してなされた通報に係る情報をいうと定義され(1.2(6))、通報とは、不正行為等として対象を特定した上でその内容を告げることを前提とするものと解される(1.2(5)参照)から、本件規程の解釈としても、本件フォーム上で事実経過の説明として記載されたにすぎない事項や、調査の過程で調査補助者に告げたにすぎない疑問事項等が、当然に通報又は通報情報として調査の対象になるとはいえない。さらに、本件規程上、調査とは、通報情報に関する事実を確認するための調査をいうと定義され(1.2(9))、これは法令等に違反する事実又は違反するおそれのある事実の確認を目的とするものと解される(3.5参照)から、必ずしも上記各事実の判断に影響しない事実までもが調査の対象となるとは解されない。

そして、本件各通報をみたとき、控訴人が本件で主張する「被控訴人と本件取引先との間の平成27年契約書に基づく取引において、平成27年契約書にはGSTに関する定めがないにもかかわらず、被控訴人が本件取引先に対し、平成27年契約書に記載されている金額のほかにGST分を別途上乗せして支払うことは、支払義務のないGSTの支払として、法令等に違反する事実又は違反するおそれのある事実である」との通報があったと解することはできず、わずかに、本件追加通報後に、その趣旨について法務2グループ調査補助者の聴き取りにおいて整理されない形で問題提起されたのみであって、その趣旨が一義的に明確となったのは、本件追加報告後の令和元年12月の段階(認定事実ケ)である。そうすると、本件各調査報告が、控訴人が主張する上記の点に直接回答していないからといって、そのことは、被控訴人の債務不履行や不法行為に該当しない。なお、被控訴人は、上記控訴人の指摘やその後の要望を受け、令和2年6月までにその点の事実調査をし、その結果を控訴人に伝えている(認定事実サ)。

また、本件において、控訴人の主張する点が法令等に違反する事実又は違反するおそれのある事実であるとの立証もない。すなわち、契約の一般原則からすれば、事業者間で商品やサービスの購入契約が締結された場合において、購入者が契約書に記載されている金額のほかにGST分を別途上乗せして支払う義務を負うかどうかは、契約当事者間の合意内容如何によることとなることや、補正後前提事実 ⑵ のとおり、海外企業が日本企業である被控訴人に対してGSTを請求することは、特殊な場合を除いてほとんどなかったとしても、全くなかったわけではないこと(実際、被控訴人と本件取引先との間では、平成29年4月まで、本件取引先が被控訴人に対し、平成27年契約書に記載されている金額にGST分を別途上乗せした金額を請求し、被控訴人も同金額を本件取引先に支払っていたものである。)からすれば、平成27年契約書にGSTに関する定めがないからといって、そこからは、被控訴人が平成27年契約書に記載されている金額のほかにGST分を別途上乗せして支払う義務を負うかどうかは同契約書からは不明であるということしか導かれず、被控訴人が本件取引先に対し、平成27年契約書に記載されている金額のほかにGST分を別途上乗せして支払う義務を負わない旨の合意をしていたといえるものではない。かえって、本件の場合、上記のとおり、被控訴人と本件取引先との間では、平成29年4月まで、本件取引先が被控訴人に対し、平成27年契約書に記載されている金額にGST分を別途上乗せした金額を請求し、被控訴人も同金額を本件取引先に支払っていたことや、認定事実サ及び弁論の全趣旨によれば、平成27年契約書には、GSTに関する定めが存在しない一方、平成30年契約書には、豪州国外の顧客に対するサービス提供費用には豪州GSTを基本的には課さない旨が定められていたことが認められることからすれば、被控訴人と本件取引先は、平成27年契約書を締結する際、被控訴人が本件取引先に対し、会計時には平成27年契約書に記載されている金額のほかにGST分を別途上乗せして支払う旨を合意していたことを推認することができる。ここで、被控訴人が最終的に本件取引先からGST相当分を回収できたことからすると、平成27年契約書の締結時において、被控訴人が本件取引先にGSTの支払をする旨の合意をしていなかったと推認できるかが問題となるが、認定事実オによると、平成28年11月以降、GSTに係る法改正により、非居住者である被控訴人に対するコンサルタント料の請求にはGSTは含まれないことを確認済みとのことであるから、上記回収ができたことが上記推認を妨げるものではない。

以上によれば、被控訴人と本件取引先との間の平成27年契約書に基づく取引において、被控訴人は本件取引先に対し、平成27年契約書に記載されている金額のほかにGST分を別途上乗せして支払う義務を負っていなかったことを前提とした上で、かかるGSTの支払は法令等に違反する事実又は違反するおそれのある事実であって、それに対して是正措置等を実行したのに、被控訴人が、本件各調査報告において、対象を特定しないまま、コンプライアンス違反ではない又は不正行為等に該当しない旨の誤った内容を控訴人に通知し、また、上記の法令等に違反する事実又は違反するおそれのある事実について、被控訴人は、その是正措置等を実行したのに、控訴人にその是正措置等を通知しなかったことは、いずれも本件規程に違反するものであり、被控訴人は控訴人に対して債務不履行責任又は不法行為責任を負うとする被控訴人の上記①及び②の主張は、いずれもその前提を欠くものであり、採用することができない。

(イ)なお、控訴人は、被控訴人が、本件調査報告において「コンプライアンス違反となる事項ではない」と判断した対象事項の具体的内容を明らかにしていないとも主張する。

しかしながら、認定事実オのとおり、法務グループは、本件通報の対象を、被控訴人の納付したGSTについてJXAが還付を受けることと捉えたものである。

ここで、通報の意義については、上記(7)のとおりと解すべきところ、本件通報において通報窓口に送られた本件フォームの「法令等違反の具体的な内容」欄には、「内容」として「海外取引で支払った当社宛の請求書の金額について、付加価値税が含まれていた。」、「その付加価値税の還付は豪州関連会社のJXAに納付された。」などと記載され、また、「経緯」として、振替処理などは未確認であるなどと記載されたにすぎなかったのであるから、法務グループが、本件通報の対象を、上記のとおりと捉えた上で、経理部に問い合わせて、平成28年12月28日、上記に問題はなく、直ちにコンプライアンス違反とはいえないなどと回答し、平成29年8月14日、同旨の本件調査報告をしたことは、何ら不合理とはいえない。

したがって、控訴人の上記主張は採用することができない。

イ また、控訴人は、本件メールにおいて、JXAがGSTの還付額として受けた金銭とJXAが被控訴人に戻入れとして送金した金銭が同一の支払手続に関するものかが判然とせず、また、平成28年11月以降のGSTの法改正が特定できず、そのような法改正が存在したかも判然としないため、被控訴人が「事実に基づき、正確に、遺漏なく」作成されたとはいえない情報を控訴人と共有し、行動基準11 ⑶ に違反したとも主張する。

しかしながら、認定事実オのとおり、本件メールは、①豪州GSTの過年度支払分については、JXAにおいて平成29年9月までに還付請求を実施し、JXAへの還付分については被控訴人への戻入れも実施済みであり、具体的な処理は、経理部の指示に従って、被控訴人において支払った際は、コンサルタント料なので一般管理費で計上し、JXAにおいて還付を受けた過去分のGSTの被控訴人への戻入れは雑収入で計上したとの本件取引先へのGSTの過年度支払分に係る会計処理の事実経過を報告するとともに、②コンサルタント会社に、平成28年11月以降、GSTの法改正により、非居住者である被控訴人に対するコンサルタント料の請求にはGSTは含まれないことを確認済みであるとのコンサルタント会社への確認結果を報告するものにすぎず、本件メールをもって、被控訴人が「事実に基づき、正確に、遺漏なく」作成されたとはいえない情報を控訴人と共有したとは認められないから、控訴人の上記主張は採用することができない。

ウ 控訴人は、ほかにも様々主張するが、前記認定判断に照らしていずれも採用できない。

エ 以上のとおり、控訴人の主張する被控訴人の債務不履行又は不法行為があったとは認められない。」

2 以上によれば、控訴人の請求を棄却した原判決は相当であって、本件控訴は理由がないからこれを棄却することとして、主文のとおり判決する。

東京高等裁判所第7民事部

裁判長裁判官 水野有子

裁判官 三輪恭子

裁判官 鈴木和孝

東京高裁補正後の判決文

令和7年3月31日判決言渡 同日原本領収 裁判所書記官

令和6年(ワ)第■■■■■号 損害賠償請求事件

口頭弁論終結日 令和7年3月19日

判 決

東京都千代田区大手町1丁目1番2号 ENEOS株式会社内

原 告 ■■■■

東京都千代田区大手町1丁目1番2号

被 告 ENEOS株式会社

同代表者代表取締役 山口敦治

同訴訟代理人弁護士 ■■■■

主 文

1 原告の請求をいずれも棄却する

2 訴訟費用は、原告の負担とする。

事実及び理由

第1 請求

被告は、原告に対し、1円を支払え。

第2 事案の概要

1 本件は、被告の従業員である原告が、被告社内の内部通報制度による原告の通報について、➀法令等に違反する事実又は違反するおそれのある事実があるのに、被告は、原告に対し、コンプライアンス違反ではない又は不正行為等に該当しない旨の事実に反する内容を通知し、内部通報制度に関する規程に違反した、➁法令等に違反する事実又は違反するおそれのある事実について、被告は、その是正措置等を実行したのに、原告にその是正措置等を通知せず、上記規程に違反した、➂被告は、上記是正措置等に関する正確性等に疑念のある情報を原告と共有し、被告の掲げる行動基準に違反した等と主張して、被告に対し、債務不履行又は不法行為に基づく損害賠償請求として、慰謝料1円の支払を求める事案である。

これに対し、被告は、本件訴訟が前訴の蒸し返しであるとして、訴えの却下を求めるとともに、前訴確定判決の既判力が及ぶ旨等を主張している。

2 前提事実(当事者間に争いがないか、掲記の証拠(ただし、特に枝番を明記しない限り、枝番を含む。以下同じ。)及び弁論の全趣旨により容易に認定できる事実)

⑴ 被告は、石油、天然ガスその他のエネルギー資源及びそれらの副産物の精製、加工、貯蔵、売買及び輸送等を目的とする株式会社である。

原告は、被告の従業員である。

⑵ 原告は、平成28年9月14日、被告の社内通報窓口に対し、オーストラリアの法律事務所(以下「本件取引先」という。)との取引に関して被告が支払った金額に同国の付加価値税(以下「GST」という。)が含まれていたこと、そのGSTの還付はオーストラリアの被告関連会社であるJXA(以下「JXA」という。)にされたこと、GSTの金額が被告の経費に計上されたままであることから、将来的に法人税法等の法令違反に該当する可能性があるのかが分からないため、相談したい旨等の通報(以下「本件通報」という。)をした。(乙2)

海外企業が日本企業である被控訴人に対してGSTを請求することは、特殊な場合を除いてほとんどないが、被控訴人と本件取引先との間の平成27年1月19日に締結された契約書(以下「平成27年契約書」という。)に基づく取引においては、平成29年4月まで、本件取引先が被控訴人に対し、平成27年契約書に記載されている金額にGST分を別途上乗せした金額を請求し、被控訴人も同金額を本件取引先に支払っていた(乙12)。

⑶ 被告は、平成29年8月14日、原告に対し、本件通報に関する調査結果として、コンプライアンス違反となる事項ではない旨、還付可能であることを確認しているGSTの還付を含め、同年度上期を目途に対応完了予定である旨の報告(以下「本件調査報告」という。)をした。(乙11)

⑷ 当時、原告と同じ部署に所属していた被告の従業員は、平成29年10月16日、同部署の部長を宛先とし、CCの宛先に原告を含めたメール(以下「本件メール」という。)を送信した。

本件メールには、過去のGSTについては、同年9月までにJXAが還付請求を行い、JXAから被告への戻入れも実施済みである旨、具体的な処理については、経理部の指示に従い、被控訴人から本件取引先への支払(コンサルタント料)については一般管理費として計上し、JXAから被控訴人への戻入れについては雑収入として計上した旨、平成28年11月以降、GSTの法改正によりオーストラリア国内に居住しない者に対するコンサルタント料の請求にはGSTが含まれないことをコンサルティング会社に確認済みである旨等が記載されている。(甲20の1、弁論の全趣旨)

⑸ 原告は、平成30年11月27日、被告の社内通報窓口に対し、GSTに関し、平成28年1月7日から平成29年10月16日までの間の一連の内容について、コンプライアンス違反となる事象の有無を確認させてほしい旨、コンプライアンス違反の有無の判断に関する具体的理由及び根拠法令を確認させてほしい旨の通報(以下「本件追加通報」といい、本件通報と合わせて「本件各通報」という。)をした。(乙9)

⑹ 被告は、令和元年10月25日、原告に対し、本件追加通報に関する調査結果として、GSTの還付をするかは任意であり、還付を受けないままでも不正行為等には当たらない旨、被告は、オーストラリアのGST還付制度を利用して還付を受けられるすべての金額について平成29年9月までに還付を受け、対応を完了している旨等の報告(以下「本件追加調査報告」といい、本件調査報告と合わせて「本件各調査報告」という。)をした。(乙12)

⑺ 原告は、令和3年5月31日、東京地方裁判所に、被告に対する損害賠償請求訴訟(同裁判所令和3年(ワ)第■■■■■号。以下「前訴」という。)を提起した。

前訴において、原告は、被告が、内部通報を行った従業員に対し、事実確認等を怠ることなく、伝えられた情報や疑念を客観的に検証するなど相応の体制として整備された仕組みに基づいて適切に対応すべき信義則上の義務を負うところ、本件各通報に対し、被告が、➀調査をせず、あるいは不十分であったこと、➁調査を実施しない場合の通知をしなかったこと、➂通報情報の厳重な管理を行わなかったこと、➃役員等への報告を適正に行っていなかったこと、➄再度、通報可能であることの通知をしなかったことにより、被告が原告に対する上記義務に違反したなどと主張し、債務不履行又は不法行為に基づく損害賠償請求として、慰謝料1円の支払を求めた。(乙3、

⑻ 前訴においては、令和4年12月22日、原告の請求をいずれも棄却する旨の1審判決が言い渡され、原告が控訴したものの、令和5年6月15日に控訴を棄却する旨の控訴審判決が言い渡された。原告は、上告及び上告受理申立てをしたが、令和5年8月28日に上告を取り下げ、また、令和6年1月25日に上告不受理決定がされたことにより、上記1審判決が確定した(以下、同判決を「前訴確定判決」という。)。(乙3ないし8)

⑼ 原告は、令和6年2月19日、東京簡易裁判所に、本件訴訟を提起した。(当裁判所に顕著)

⑽ 被控訴人が定めるコンプライアンスホットライン規程(以下「本件規程」という。)には、次の規定がある(乙1)。

ア 目的(1.1)

本件規程は、ENEOSホールディングス株式会社の「ENEOSグループ内部通報制度基本規程」及び被控訴人の「コンプライアンス規程」に則り、ENEOSグループにおける法令等に違反する行為又は違反するおそれのある行為(以下「不正行為等」という。)について、これを早期に是正するため、通報窓口及び対応体制(以下「コンプライアンスホットライン制度」という。)を定め、もって、ENEOSグループのコンプライアンス体制を強化することを目的とする。

イ 定義(1.2)

本件規程における用語の意義は、本件規程の他の条項で別に定義するものを除き、次の各号に定めるところによる。

(ア)「法令等」とは、国内外の法令、契約、定義及び規程類をいう(⑴)。

(イ)「通報」とは、被控訴人、エネルギーグループ会社、又はENEOSグループ会社において、次の各号に定める状態を発見し、又はその報告を受けた場合に、これを是正する目的でこの内容を告げる行為をいう(⑸)。

➀ 不正行為等を発見し、又は不正行為等が行われている旨の報告を受けたとき(ア)

➁ 不正行為等を内容とする職務命令を受けたとき(イ)

(ウ)「通報情報」とは、後記エの通報窓口に対してなされた通報に係る情報をいう(⑹)。

(エ)「通報者」とは、後記エの通報窓口に通報を行った者をいう(⑺)。

(オ)「被通報者」とは、通報の対象となった不正行為等の当事者をいう(⑻)。

(カ)「調査」とは、通報情報に関する事実を確認するための調査をいう(⑼)。

(キ)「調査協力者」とは、通報情報に関する事実を確認するためのヒアリングに応じるなど、調査の対象者としてこれに協力した者をいう(⑽)。

ウ 責任者(1.3)

本件規程の運用を統括する責任者については、これを社長とする。

エ 通報窓口(2.1)

従業員等は、次に定める窓口のいずれか(以下総称して「通報窓口」という。)に対して、通報を行うことができる。

社内窓口(⑴)法務部長(ア)

オ 相談(2.3)

従業員等は、次の事項について、実名・匿名を問わず、通報窓口に相談を行うことができる(⑴)。

(ア)不正行為等に該当するか否かを判断することができない行為につき、不正行為等の有無(ア)

(イ)コンプライアンスホットライン制度の内容(イ)

カ 通報に係る調査(3.4)

(ア)法務部長は、社長の指示に従い、必要に応じて、弁護士及び関係部(所・店)長(以下「コンプライアンス責任者」という。)とともに、調査を行う(⑴)。

(イ)法務部長及びコンプライアンス責任者(以下総称して「対応者」という。)は、調査を行うに当たり、必要最小限の範囲で、調査を補助する者(以下「調査補助者」という。)を選任し、当該調査を行わせることができる。この場合、対応者は、調査補助者に対して、その者が調査補助者として本件規程を遵守の上調査に従事しなければならないことを明確に指示する(⑵)。

キ 是正措置及び再発防止策(3.5)

対応者は、調査の結果、法令等に違反する事実又は違反するおそれのある事実が確認された場合、社長の指示に従い、関係役員等及び必要に応じて弁護士と協議し、当該事実に対する是正措置及び再発防止策等を検討の上、速やかにこれらを実行する。

ク 調査結果等の通知・報告(3.6)

法務部長は、調査の終了後、被通報者及び調査協力者の名誉、信用、プライバシー等に十分配慮した上で、実名通報者に対して、次の事項(以下総称して「調査結果等」という。)を通知する。ただし、通報者が通知を望まない場合、通報者への通知が困難である場合その他やむを得ない理由がある場合は、この限りではない。(⑴)

➀ 法令等に違反する事実又は違反するおそれのある事実の有無(ア)

➁ 法令等に違反する事実が確認された場合は、その是正措置及び再発防止策(イ)

➂ 法令等に違反するおそれのある事実が確認された場合は、その対応策(ウ)

➃ 本通知後、不正行為等が是正されない場合、不正行為等が再発するおそれがある場合、又は通報を行ったことを理由とした不利益な取扱いを受けた場合は、再度、通報窓口に通報することが可能であること(エ)

⑾ 被告が掲げるグループ行動基準(以下「行動基準」という。)には、適切な情報管理と情報開示(行動基準11 ⑶ )として、「私たちは、業務上必要なすべての記録および報告を、事実に基づき、正確に、遺漏なく、かつ適時に作成します。」との規定がある。(甲2)

3 争点及び争点に関する当事者の主張

本件では、まず、本案前の答弁に関し、➀本件訴訟の提起が紛争の蒸し返しとして信義則に反するかが争点となり、本件訴訟の提起が信義則に反しない場合には、本案について、➁原告の主張が前訴確定判決の既判力に抵触するか、➂被告の債務不履行責任又は不法行為責任の有無が争点となる。

⑴ 争点 ⑴(本件訴訟の提起が紛争の蒸し返しとして信義則に反するか)

(被告の主張)

原告は、前訴において、被告の信義則上の義務違反を基礎づける事情として、本件各通報に関する本件規程違反を網羅的に主張していたのであり、本件訴訟は前訴の蒸し返しにほかならない。原告は、本件訴訟における主張を前訴においてもすることが容易にできたはずであり、少なくともその主張をする機会は十分にあった。

したがって、本件訴訟の提起は、信義則に反し、許されない。

(原告の主張)

否認ないし争う。

被告の調査補助者は、原告に対し、GSTの支払に関して、契約書の記載内容の調査を行わない旨の回答をしたり、支払済みのGSTが契約に基づくものか否かを検討したかについて回答をしなかったりしたため、前訴において、原告は、調査の過程でGST支払の適正性検証が行われなかったという誤った認識をしており(被告が原告に対し、そのような誤った認識を促したものといえる。)、本件訴訟における主張を前訴ですることは困難であった。

また、本件訴訟は、前訴で問題とされた事項に対する判断を覆そうとするものではなく、紛争の蒸し返しではない。

したがって、本件訴訟の提起は、信義則に反しない。

⑵ 争点 ⑵(原告の主張が前訴確定判決の既判力に抵触するか)

(被告の主張)

前訴及び本件訴訟のいずれについても、原告は、本件各通報に関する信義則上の義務違反が債務不履行又は不法行為に当たるとして、被告に対し、損害賠償請求をしているから、その訴訟物は同一である。

原告が本件訴訟で主張する本件規程違反及び行動基準違反に関する事実は、同一の信義則上の義務違反の評価根拠事実を追加するものにすぎず、当該事実は、前訴の控訴審の口頭弁論終結後に生じたものでもない。

したがって、本件訴訟における原告の主張は、前訴確定判決の既判力に抵触する。

(原告の主張)

否認ないし争う。

前訴において、原告は、被告が本件各通報について調査をせず又は調査が不十分であったこと等についての信義則上の義務違反を債務不履行又は不法行為と主張したのに対し、本件訴訟では、後記 ⑶ の(原告の主張)欄に詳述するとおり、被告が、➀法令等に違反する事実又は違反するおそれのある事実があって、それに対して是正措置等を実行したのに、本件各調査報告において、対象を特定しないまま、コンプライアンス違反ではない又は不正行為等に該当しない旨の誤った内容を通知し、本件規程3.6 ⑴ アに違反したこと、➁上記の法令等に違反する事実又は違反するおそれのある事実について、その是正措置等を実行したのに、原告にその是正措置等を通知せず、本件規程3.6(1)イ又はウに違反したこと、➂本件メールにおいて、上記是正措置等に関する正確性等に疑念のある情報を原告と共有し、行動基準11 ⑶ に違反したことを債務不履行又は不法行為と主張している。

したがって、本件訴訟における原告の主張は、前訴確定判決の既判力に抵触しない。

⑶ 争点 ⑶(被告の債務不履行責任又は不法行為責任の有無)

(原告の主張)

本件規程は、被告の全従業員に適用されるもので、従業員側から見れば、職場環境の改善の側面があり、労働条件に関わるものといえるから、就業規則に当たり、本件規程で定められた内容は、原告と被告との間の契約内容となる。また、行動基準は、本件規程1.2 ⑴ に定める「法令等」に含まれるから、本件規程及び行動基準に違反することは、契約上の義務違反となる。

仮に、本件規程が「就業規則」には当たらないとしても、本件規程において、一定の場合に一定の行為を具体的に行うことを定めて公表している以上、被告は、自らが定めた本件規程に基づく具体的な行為を行うべき信義則上の義務を負い、本件規程及び行動基準に違反することは、その信義則上の義務違反となる。

被控訴人と本件取引先との間の平成27年契約書に基づく取引において、平成27年契約書にはGSTに関する定めがないにもかかわらず、被控訴人が本件取引先に対し、平成27年契約書に記載されている金額のほかにGST分を別途上乗せして支払うことは、支払義務のないGSTの支払として、法令等に違反する事実又は違反するおそれのある事実であって(以下、単に、上記のGST分を別途上乗せして支払ったことを「支払義務のないGSTの支払」などということがある。)、それに対して是正措置等を実行したのに、被告は、本件各調査報告において、➀対象を特定しないまま、コンプライアンス違反ではない又は不正行為等に該当しない旨の誤った内容を原告に通知し、本件規程3.6 ⑴ アに違反し、➁法令等に違反する事実又は違反するおそれのある事実(支払義務がないGSTを支払ったこと)について、その是正措置等を実行したのに、その是正措置等を原告に通知せず、本件規程3.6(1)イヌはウに違反し、➂上記是正措置等に関し、本件メールにおいて、JXAがGSTの還付額として受けた金銭とJXAが被告に戻入れとして送金した金銭が同一の支払手続に関するものかが判然とせず、また、平成28年11月以降のGSTの法改正が特定できず、そのような法改正が存在したかも判然としないため、「事実に基づき、正確に、遺漏なく」作成されたとはいえない情報を原告と共有し、行動基準11 ⑶ に違反したから、直ちに債務不履行となる。そうでないとしても、本件規程に基づく具体的な行為を行うべき信義則上の義務に違反したといえる。

したがって、被告は、原告に対し、債務不履行責任又は不法行為責任を負う。

(被告の主張)

否認ないし争う。

本件規程は、被告の役員又は従業員の職務を規定するものであり、被告の義務を定めるものではないし、被告の会社組織内の自律的な規範にとどまるものであって、被告と従業員との間の直接の権利義務又は債権債務を生ぜしめるものでもない。行動基準も、事業活動における判断の拠り所となるものにすぎず、被告と従業員との間の直接の権利義務又は債権債務を生ぜしめるものではない。そのため、本件規程及び行動基準に違反したことが、直ちに債務不履行又は不法行為を構成することにはならない。

本件規程に基づく通報の具体的状況の如何によっては、被告が従業員に対して何らかの対応をすべき信義則上の義務を負う場合があり得るとしても、本件各通報については、法令等に違反する事実又は違反するおそれのある事実がなかったのであって、被告の対応が本件規程3.6 ⑴ アないしウ及び行動基準11 ⑶ に違反することはなく、上記信義則上の義務にも違反しない。

したがって、被告は、原告に対し、債務不履行責任又は不法行為責任を負わない。

第3 当裁判所の判断

1 争点 ⑴(本件訴訟の提起が紛争の蒸し返しとして信義則に反するか)

前訴は、原告が被告に対し、被告が本件各通報について、➀調査をせず、あるいは不十分であったこと、➁調査を実施しない場合の通知をしなかったこと、➂通報情報の厳重な管理を行わなかったこと、➃役員等への報告を適正に行っていなかったこと、➄再度、通報可能であることの通知をしなかったことが信義則上の義務に違反したなどとして、債務不履行又は不法行為に基づく損害賠償(慰謝料)を求めたものである。

他方、本件訴訟における原告の請求は、被告が本件各調査報告において、➀被控訴人が本件各通報に対し対象を特定せずにコンプライアンス違反ではない又は不正行為等に該当しない旨の誤った内容を原告に通知し、本件規程3.6 ⑴ アに違反したこと、➁本件各通報に関して実行した是正措置等を原告に通知せず、本件規程3.6(1)イ又はウに違反したこと、➂本件メールにより上記是正措置等に関する正確性等に疑念のある情報を原告と共有し、行動基準11 ⑶ に違反したことが契約上の義務又は信義則上の義務に違反するとして、債務不履行又は不法行為に基づく損害賠償(慰謝料)を求めるものである。

このように、前訴及び本件訴訟における原告の各請求は、いずれも本件各通報に対する被告の対応を問題として債務不履行又は不法行為に基づく損害賠償(慰謝料)を求めるものであり、その損害は、本件各通報に対する被告の一連の対応において生じた原告の一体的な精神的損害をいうものと見ることも十分に考えられるから、被告が、本件訴訟が前訴の蒸し返しである旨を主張することにも相応の理由があるということができる。

もっとも、前訴及び本件訴訟で問題とされる被告の債務不履行又は不法行為その具体的な内容は、本件各通報に対する被告の調査の実施等に関する違法をいうものか(前訴)、本件各調査報告における被告の判断及びその後の対応に関する違法をいうものか(本件訴訟)で厳密には異なる。また、これらは、一方が違法又は違法ではないとされれば、他方の違法性の有無が直ちに定まるという関係にあるものではない(一方の請求が他方の請求の前提となるものではない)から、審理の対象が直ちに重複するものでもない。加えて、本件訴訟で原告が主張する上記事実が前訴の審理の対象とされた事情もうかがえない。

以上の事情を総合的に勘案し、本件訴訟が本件各通報に対する被告の対応を問題とする2度目の訴訟にとどまることも踏まえれば、本件訴訟は、その限りにおいて、前訴を実質的に蒸し返すものとして信義則に反するとまでいうことはできない。

したがって、本件訴訟の提起が信義則に反し不適法であるとまではいえない。

2 争点 ⑵(原告の主張が前訴確定判決の既判力に抵触するか)

上記のとおり、前訴と本件訴訟とでは、債務不履行又は不法行為の内容となる被告の具体的な義務の内容及び行為態様が異なり、その発生原因を異にするものといえ、訴訟物が同一であるとは認められない。

また、前訴における訴訟物の存在が、本件訴訟における原告の請求の前提となるものでもない。

したがって、本件訴訟における原告の主張が、前訴確定判決の既判力に抵触するとはいえない。

3 争点 ⑶(被告の債務不履行責任又は不法行為責任の有無)

⑴ 認定事実

前記の補正後前提事実に加え、後掲各証拠(書証は特記しない限り枝番号を含む。)及び弁論の全趣旨を総合すると、次の事実が認められる。

ア 控訴人は、平成28年9月14日、被控訴人の社内通報窓口のメールアドレスに「コンプライアンスホットライン 通報用フォーム」と題するファイル(以下「本件フォーム」という。)を添付したメールを送信した(本件通報)。

本件フォームの「法令等違反の具体的な内容」欄には、「将来的に法人税法等の法令違反に該当する可能性があるのか、分からないため、相談させていただきたい。」と記載され、続いて「内容」として、「海外取引で支払った当社宛の請求書の金額について、付加価値税が含まれていた。(豪州、当時の為替で650万円)その付加価値税の還付は豪州関連会社のJXAに納付された。なお、付加価値税分の金額は経費で計上されたままである。(コンサルタント費用・法人税に影響?)」と記載され、更に「経緯」として、平成28年1月7日に費用(海外取引)として計上されている付加価値税があることをGMに伝えたところ、GMからは担当が対応するとの回答があったことや、同年9月10日に、控訴人が、上記処理について担当に確認したところ、付加価値税はJXAに還付されたとの回答があったが、振替処理などの処理は未確認であることなどが記載されていた。(以上につき、甲5、乙2)

イ 被控訴人法務部法務グループ(以下、単に「法務グループ」という。)は、本件通報の対象を、被控訴人の納付したGSTについてJXAが還付を受けることと捉えた上で、経理部に問合せを行うなどした。そして、法務グループ調査補助者は、平成28年12月28日、控訴人に対し、問合せをしていた経理部からの回答の概要が、①被控訴人はJXAとグルーピング登録を行っていることから、被控訴人が納付した付加価値税について、JXAが還付を受けることは問題なく、その後、当該還付金を被控訴人・JXA間でどう精算するかは決めの問題である、②JXAが還付処理をしているか自体が不明である場合は、貴部からJXAに問い合わせるか、別途相談してもらいたい、③個別の取引が付加価値税の対象であるかどうかは、取引の性質により取引ごとに異なるため、一部還付申請がされていないとしても、直ちにコンプライアンス違反とはいえない、判別に困る場合は別途相談してもらいたい、という内容であった旨のメールを送信した(甲12、乙10)。

ウ 控訴人は、平成29年1月4日、法務グループ調査補助者に対し、前記イのメールに対して、①被控訴人の費用に関わる付加価値税の還付金をJXAへ入金させる手続について、当初は、近年、問題視されている“BEPS(税源浸食と利益移転)”と関係するのではと疑問に感じていたが、“グルーピング登録”を行っていることにより問題がないとのこと理解した旨、②JXAが還付処理をしているかどうかや、還付金を被控訴人・JXA間でどう精算するかの決めについては、被控訴人として不要との見解であれば、未確認のままでよいと思うので、どうするかは担当課所に任せる旨、③当方の還付金請求に関する業務フロ一の理解としては、外国企業との企業間の契約書作成(取引の内容により、可能であれば、請求金額に付加価値税を含めない契約をする)、①役務の対価の支払(付加価値税が記載されていれば、その額を定めた請求金額を費用計上する)、グルーピング登録をしている関連子会社の税務手続時に合わせ、還付を受けられる金額を年度集計し、インボイスのコピーを収集して、子会社へ送付、還付申請が行われたかの確認については、還付金を子会社の収益として計上するため不要、というものである旨等を記載したメールを送信した(甲13の1)。

エ 法務グループは、平成29年8月14日、控訴人に対し、本件調査報告をした。

本件調査報告では、本件は、税務上もコンプライアンス違反となる事項ではない旨を経理部と確認済みであり、さらに、■■事業部■■プロジェクトグループ(以下「■■プロジェクトグループ」という。)GMに事実確認等をしたところ、経理部等と相談し、GSTに関する業務を■■業務グループに移管した上で、GSTの還付を含め、今年度上半期を目途に対応完了予定であることを確認したとして、コンプライアンス違反ではなく、さらに、業務改善に向けて具体的な対応が進んでいる状況であり、コンプライアンスホットライン案件としては特段の対応は実施しない、■■プロジェクトグループ内での過去の調査経緯等についても問合せがあったが、コンプライアンスホットライン相談は「不正行為等の有無」を確認するものであり、本件が既にコンプライアンス違反でないことが確認されているため、回答を差し控えるなどとされていた。(以上につき、甲19、乙11)

オ 平成29年10月16日、当時、控訴人と同じ■■事業部に所属していた被控訴人の従業員は、同部の部長を宛先とし、CCの宛先に控訴人を含めたメール(本件メール)を送信した。

本件メールには、豪州GSTの過年度支払分については、JXAにおいて平成29年9月までに還付請求を実施し、JXAへの還付額については被控訴人への戻入れも実施済みである、具体的な処理は、経理部の指示に従って、被控訴人において支払った際はコンサルタント料なので一般管理費で計上し、JXAにおいて還付を受けた過去分のGSTの被控訴人への戻入れは雑収入で計上した旨、コンサルタント会社に、平成28年11月以降、GSTの法改正により、非居住者である被控訴人に対するコンサルタント料の請求にはGSTは含まれないことを確認済みである旨等が記載されていた。(以上につき、甲20の1)

カ 控訴人は、平成30年11月27日、被控訴人の社内通報窓口のメールアドレスに本件フォームを添付したメールを送信した(本件追加通報)。

本件フォームの「法令等違反の具体的な内容」欄には、「2016年1月7日~2017年10月16日で起きた一連の内容について、コンプライアンス違反となる事象の有無を確認させていただきたい。また、コンプライアンス違反の有無の判断に基づく具体的理由、および、根拠法令について確認させていただきたい。」などと記載された上で、上記期間について時系列で出来事が列挙され、随時、「JXAからJXE(引用者注:被控訴人)へ返金分の支払いが無ければ、利益移転となるため疑問があった。」などと控訴人の疑問点等が記載されていた。(以上につき、甲22の1、乙9)

キ 本件追加通報において通報窓口に送られた本件フォームの記載は、「2016年1月7日~2017年10月16日で起きた一連の内容について、コンプライアンス違反となる事象の有無を確認させていただきたい。」などとして時系列で出来事等を列挙するのみで、通報の対象とした不正行為等が判然としないものであったため、被控訴人法務部法務2グループ(以下、単に「法務2グループ」という。)調査補助者は、控訴人とのやり取りを実施した上で(なお、控訴人は、そのやり取りの中で、「コンサル費用の支払いについては、契約書に「請求額にGSTを含める」と記載があれば、支払いに関してはミスが無かったことになります。」が、「逆に、契約書に「請求額にGSTを含めない」と記載されている場合は、請求書の間違いは、先方の経理担当の作業ミスによるものと思われますので、その間違いを先方に伝えるまで、そのまま、GSTが上乗せされた請求が続く可能性があります。GSTに関する記載が無い場合は、海外取引なので、通念として、請求書の記載は免税となるのではないでしょうか。」との見解等を述べている。)、GSTの還付処理及び被控訴人の帳簿への費用計上処理の適切な是正措置が完了しているか、是正措置の過程で問題の隠蔽や控訴人への圧迫があったかについて、コンプライアンス違反の有無を調査回答したいなどと整理したものの、控訴人が、控訴人の列挙する疑問点を調査してほしい旨のメールを繰り返し送信するなどし、最終的に、自ら、「通報情報に関する事実」を、被通報者(■■プロジェクトグループGM。以下同じ。)は、「支払う義務が無い付加価値税」が請求書に含まれていることを、部下の通報者(控訴人。以下同じ。)からの進言により認識していたにもかかわらず、調査補助者(法務グループGMを含めた平成28年度の法務部員。以下同じ。)から指導されるまで、請求した会社への通知や当局への請求、及び、進言を受けてから部内展開を1年以上行わなかった(No.1)、被通報者は、「支払う義務が無い付加価値税」が請求書に含まれていることを、部下の通報者の進言により認識していたにもかかわらず、請求した会社への通知や当局への請求を1年以上行わず、「支払う義務が無い付加価値税」の支払を続けていた(No.2)、被通報者から通報情報に係る業務の移管を受けた対応者の措置は、被通報者が「支払う義務が無い付加価値税」に関する数回に及ぶ進言を無視し、調査補助者の指導が行われるまで対応をしなかったため、会計年度が2年を過ぎる「期ずれ」となる会計処理となった(No.10)など30項目(以下「本件30項目」という。)に分けて整理したパワーポイント資料を作成し、これを法務2グループ調査補助者に送付するなどした。法務2グループは、過去の一定期間においてGSTが課されていたもの等を整理し、関係者へのヒアリングを実施するなどの調査をした。(以上につき、甲22の2・3、甲23乙12)

ク 法務2グループは、令和元年10月25日、控訴人に対し、本件追加調査報告をした。

本件追加調査報告では、平成28年1月から平成31年3月までの期間においてGSTが課されていたもの等を整理した上で(なお、平成31年4月以降の請求分については、帳簿を取り寄せての調査は行われていないが、GSTを含む請求を行っていた本件取引先が平成29年5月以降はGST課税での請求を行っていないことが確認できたため、調査する必要なしと判断された。)、結論として、一般に、GSTの還付は納税者の「権利」であり「義務」ではなく、したがって、GSTの還付をするか否かは任意であり、還付を受けないままであったとしても、不正行為等に当たらない、■■事業部は、通報者による問題提起に対して、豪州のGST還付制度を利用して還付を受けられる全ての金額について、平成29年9月までに還付を受け対応を完了している、具体的には、■■事業部は豪州のGSTについて税務コンサルタント及び社内関係部署に不明点を照会し、該当するGSTの請求書について調査し、JXAから被控訴人が負担したGST相当額の返金を受けるという手続を採っており、この対応に不備は認められない、加えて、本件判断に際しては、経理(税務)部門にも照会して助言を得ており、業務遂行プロセスとして適切である、また、調査の過程で、■■プロジェクトグループGMが通報事実について隠蔽する、又はパワーハラスメントを行うといった行為は発見されず、むしろ問題提起を受けて真摯に、かつ組織的に解決に向けて取り組み、対応を完了したものと判断するなどとされ、併せて、本件30項目についても、いずれも不正行為等に該当しない旨の調査結果が示された。(以上につき、甲24乙12)

ケ 控訴人は、令和元年12月2日及び同月10日、被控訴人の代表取締役社長をCCに入れるなどして、法務2グループGM及び法務2グループ調査補助者に対し、本件追加調査報告は論点のすり替えである、控訴人が行った問題提起は「還付手続きに関すること」ではなく、「契約書の内容確認や本件取引先への照会で、請求書の記載に間違いがないかを確認をすること」である、控訴人は、平成28年の発覚時に、役務提供対価ではないGSTが一般管理費で計上されていたので、■■プロジェクトグループGMに対し決算仕訳の必要性を伝えていたが、同GMから決算仕訳に関する説明はなかった、上記発覚時、契約書の内容確認や本件取引先への照会は行われたのか、契約書を確認することによって、「請求書にGSTが記載されていた原因」が分かるが、自分はいまだに原因を知らされていない、後の経緯からすれば、上記発覚時に本件取引先へ請求内容の照会をしていれば、速やかな返金を受けられた可能性があり、その場合は、税務コンサルタント費用等の費用対効果を考慮する必要がないので、対応に時間を要することもない、契約書にGSTを課す記載がなかった場合、本件取引先からの請求書に記載されているGSTは間違いであるなどと記載したメールを送信した(甲25の2・4)。

これに対し、法務2グループ調査補助者は、令和元年12月20日、控訴人に対し、控訴人が指摘するGSTが課税されない取引があり得るというのは一般論であり、被控訴人と本件取引先との個別取引についてGSTが課税されるか否かについては、詳細な検討が必要であったとした上で、そのために税務アドバイザーを起用して検討を行ったことは対応として誤りではないし、被控訴人の決算仕訳については、控訴人に説明が行われなかったからといって、コンプライアンスに違反するものではない、被控訴人と本件取引先との間の取引に税金が課されるか否かは、契約書ではなく、国(本件取引先との取引であれば豪州国)が決めることなので、契約書上のGST条項の有無や記載内容については、結論に関係がないので調べることはしないなどと回答するとともに、調査の結論に影響を及ぼさない控訴人の疑問点については、今後更に要望等があっても、調べることはないなどと返信した(甲25の5)。

その後も、控訴人は、令和2年1月16日、法務2グループ調査補助者に対し、■■事業部においてGSTの問題を担当している者がJXAや税務担当者に問合せをしたメールはないかなどと質問するメールを送信したが(甲25の7)、上記調査補助者は、同月23日、業務上の裁量に属する行為の当否について調査しても、調査結果の結論に変更はなく、これ以上調査する必要を認めないとの判断に至った旨を返信した(甲25の8)。

コ 控訴人は、令和2年3月27日、被控訴人の多数の従業員が閲覧可能な「社長・太田さんの輪」と題する被控訴人の社内SNS(以下「本件SNS」という。)に、本投稿は、コンプライアンスホットライン制度の責任者である被控訴人代表取締役社長に伝えるものであるとした上で、本件各通報について、取引先との契約書におけるGSTに関する記載内容等について十分な調査がされていないなどとして、本質や論点がすり替わっていない調査をお願いしたいなどとする投稿をした(甲26)。

サ 法務2グループは、令和2年6月25日、控訴人に対し、控訴人が本件SNSに投稿した内容について、これまでの説明とも重複する部分があるが、改めて回答するとし、本件追加通報に関しては、法務部員は、通報者本人に加えた関係者のヒアリングに加え、当時のメールと請求書も原典として収集した上で、事実確認を行い、令和元年10月25日に調査結果を回答したものであるが(本件追加調査報告)、今回改めて被控訴人と本件取引先との契約書についても入手し、調査を行ったところ、①平成27年契約書には、GSTに関する定めはなく、平成30年に新たな契約が締結されるまでは、平成27年契約書に基づき発注が行われていた、②平成30年に締結された契約書(以下「平成30年契約書」という。)には、豪州国外の顧客に対するサービス提供費用には豪州GSTを課さない旨の定めがある、③本件取引先が被控訴人にGSTを請求していたのは、平成29年4月までである、と回答した(甲21の1)。

これに対し、控訴人が、令和2年6月29日、法務2.グループ調査補助者に対し、上記各契約書の契約日と有効期間を確認させてほしい旨のメールを送信したところ(甲21の2)、法務2グループは、同年7月9日、控訴人に対し、①平成27年契約書は、契約締結日が平成27年1月19日であること、有効期間は平成26年4月1日から平成28年3月31日までの2年間で、以降、いずれか一方当事者からの90日前予告がない限り自動延長になるとされていたこと、GST等に関する記載はなかったこと、②平成30年契約書は、契約締結日が平成30年9月13日であること、有効期間はいずれか一方の当事者から解約の意思表示がない限りは無期限とされていること、GST等に関しては、豪州国外の顧客に対するサービス提供費用には、豪州GSTを課さないが、本件取引先がGSTを課すべきと判断すれば、GST込みで請求する権利を有するとの記載があったことを回答した。(なお、被控訴人は、この項に記載した被控訴人の回答内容の真実性を特に争ってはいない。)

⑵ 被控訴人の債務不履行又は不法行為の有無について

ア(ア)控訴人は、①被控訴人と本件取引先との間の平成27年契約書に基づく取引において、平成27年契約書にはGSTに関する定めがないにもかかわらず、被控訴人が本件取引先に対し、平成27年契約書に記載されている金額のほかにGST分を別途上乗せして支払うことは、支払義務のないGSTの支払として、法令等に違反する事実又は違反するおそれのある事実であって、それに対して是正措置等を実行したのに、被控訴人は、本件各調査報告において、対象を特定しないまま、コンプライアンス違反ではない又は不正行為等に該当しない旨の誤った内容を控訴人に通知し、本件規程3.6(1)アに違反した、また、②上記の法令等に違反する事実又は違反するおそれのある事実について、被控訴人は、その是正措置等を実行したのに、控訴人にその是正措置等を通知せず、本件規程3.6(1)イ又はウに違反した旨主張する。

しかしながら、通報の意義について検討するに、補正後前提事実(10)のとおり、本件規程上、通報情報とは、通報窓口に対してなされた通報に係る情報をいうと定義され(1.2(6))、通報とは、不正行為等として対象を特定した上でその内容を告げることを前提とするものと解される(1.2(5)参照)から、本件規程の解釈としても、本件フォーム上で事実経過の説明として記載されたにすぎない事項や、調査の過程で調査補助者に告げたにすぎない疑問事項等が、当然に通報又は通報情報として調査の対象になるとはいえない。さらに、本件規程上、調査とは、通報情報に関する事実を確認するための調査をいうと定義され(1.2(9))、これは法令等に違反する事実又は違反するおそれのある事実の確認を目的とするものと解される(3.5参照)から、必ずしも上記各事実の判断に影響しない事実までもが調査の対象となるとは解されない。

そして、本件各通報をみたとき、控訴人が本件で主張する「被控訴人と本件取引先との間の平成27年契約書に基づく取引において、平成27年契約書にはGSTに関する定めがないにもかかわらず、被控訴人が本件取引先に対し、平成27年契約書に記載されている金額のほかにGST分を別途上乗せして支払うことは、支払義務のないGSTの支払として、法令等に違反する事実又は違反するおそれのある事実である」との通報があったと解することはできず、わずかに、本件追加通報後に、その趣旨について法務2グループ調査補助者の聴き取りにおいて整理されない形で問題提起されたのみであって、その趣旨が一義的に明確となったのは、本件追加報告後の令和元年12月の段階(認定事実ケ)である。そうすると、本件各調査報告が、控訴人が主張する上記の点に直接回答していないからといって、そのことは、被控訴人の債務不履行や不法行為に該当しない。なお、被控訴人は、上記控訴人の指摘やその後の要望を受け、令和2年6月までにその点の事実調査をし、その結果を控訴人に伝えている(認定事実サ)。

また、本件において、控訴人の主張する点が法令等に違反する事実又は違反するおそれのある事実であるとの立証もない。すなわち、契約の一般原則からすれば、事業者間で商品やサービスの購入契約が締結された場合において、購入者が契約書に記載されている金額のほかにGST分を別途上乗せして支払う義務を負うかどうかは、契約当事者間の合意内容如何によることとなることや、補正後前提事実 ⑵ のとおり、海外企業が日本企業である被控訴人に対してGSTを請求することは、特殊な場合を除いてほとんどなかったとしても、全くなかったわけではないこと(実際、被控訴人と本件取引先との間では、平成29年4月まで、本件取引先が被控訴人に対し、平成27年契約書に記載されている金額にGST分を別途上乗せした金額を請求し、被控訴人も同金額を本件取引先に支払っていたものである。)からすれば、平成27年契約書にGSTに関する定めがないからといって、そこからは、被控訴人が平成27年契約書に記載されている金額のほかにGST分を別途上乗せして支払う義務を負うかどうかは同契約書からは不明であるということしか導かれず、被控訴人が本件取引先に対し、平成27年契約書に記載されている金額のほかにGST分を別途上乗せして支払う義務を負わない旨の合意をしていたといえるものではない。かえって、本件の場合、上記のとおり、被控訴人と本件取引先との間では、平成29年4月まで、本件取引先が被控訴人に対し、平成27年契約書に記載されている金額にGST分を別途上乗せした金額を請求し、被控訴人も同金額を本件取引先に支払っていたことや、認定事実サ及び弁論の全趣旨によれば、平成27年契約書には、GSTに関する定めが存在しない一方、平成30年契約書には、豪州国外の顧客に対するサービス提供費用には豪州GSTを基本的には課さない旨が定められていたことが認められることからすれば、被控訴人と本件取引先は、平成27年契約書を締結する際、被控訴人が本件取引先に対し、会計時には平成27年契約書に記載されている金額のほかにGST分を別途上乗せして支払う旨を合意していたことを推認することができる。ここで、被控訴人が最終的に本件取引先からGST相当分を回収できたことからすると、平成27年契約書の締結時において、被控訴人が本件取引先にGSTの支払をする旨の合意をしていなかったと推認できるかが問題となるが、認定事実オによると、平成28年11月以降、GSTに係る法改正により、非居住者である被控訴人に対するコンサルタント料の請求にはGSTは含まれないことを確認済みとのことであるから、上記回収ができたことが上記推認を妨げるものではない。

以上によれば、被控訴人と本件取引先との間の平成27年契約書に基づく取引において、被控訴人は本件取引先に対し、平成27年契約書に記載されている金額のほかにGST分を別途上乗せして支払う義務を負っていなかったことを前提とした上で、かかるGSTの支払は法令等に違反する事実又は違反するおそれのある事実であって、それに対して是正措置等を実行したのに、被控訴人が、本件各調査報告において、対象を特定しないまま、コンプライアンス違反ではない又は不正行為等に該当しない旨の誤った内容を控訴人に通知し、また、上記の法令等に違反する事実又は違反するおそれのある事実について、被控訴人は、その是正措置等を実行したのに、控訴人にその是正措置等を通知しなかったことは、いずれも本件規程に違反するものであり、被控訴人は控訴人に対して債務不履行責任又は不法行為責任を負うとする被控訴人の上記①及び②の主張は、いずれもその前提を欠くものであり、採用することができない。

(イ)なお、控訴人は、被控訴人が、本件調査報告において「コンプライアンス違反となる事項ではない」と判断した対象事項の具体的内容を明らかにしていないとも主張する。

しかしながら、認定事実オのとおり、法務グループは、本件通報の対象を、被控訴人の納付したGSTについてJXAが還付を受けることと捉えたものである。

ここで、通報の意義については、上記(7)のとおりと解すべきところ、本件通報において通報窓口に送られた本件フォームの「法令等違反の具体的な内容」欄には、「内容」として「海外取引で支払った当社宛の請求書の金額について、付加価値税が含まれていた。」、「その付加価値税の還付は豪州関連会社のJXAに納付された。」などと記載され、また、「経緯」として、振替処理などは未確認であるなどと記載されたにすぎなかったのであるから、法務グループが、本件通報の対象を、上記のとおりと捉えた上で、経理部に問い合わせて、平成28年12月28日、上記に問題はなく、直ちにコンプライアンス違反とはいえないなどと回答し、平成29年8月14日、同旨の本件調査報告をしたことは、何ら不合理とはいえない。

したがって、控訴人の上記主張は採用することができない。

イ また、控訴人は、本件メールにおいて、JXAがGSTの還付額として受けた金銭とJXAが被控訴人に戻入れとして送金した金銭が同一の支払手続に関するものかが判然とせず、また、平成28年11月以降のGSTの法改正が特定できず、そのような法改正が存在したかも判然としないため、被控訴人が「事実に基づき、正確に、遺漏なく」作成されたとはいえない情報を控訴人と共有し、行動基準11 ⑶ に違反したとも主張する。

しかしながら、認定事実オのとおり、本件メールは、①豪州GSTの過年度支払分については、JXAにおいて平成29年9月までに還付請求を実施し、JXAへの還付分については被控訴人への戻入れも実施済みであり、具体的な処理は、経理部の指示に従って、被控訴人において支払った際は、コンサルタント料なので一般管理費で計上し、JXAにおいて還付を受けた過去分のGSTの被控訴人への戻入れは雑収入で計上したとの本件取引先へのGSTの過年度支払分に係る会計処理の事実経過を報告するとともに、②コンサルタント会社に、平成28年11月以降、GSTの法改正により、非居住者である被控訴人に対するコンサルタント料の請求にはGSTは含まれないことを確認済みであるとのコンサルタント会社への確認結果を報告するものにすぎず、本件メールをもって、被控訴人が「事実に基づき、正確に、遺漏なく」作成されたとはいえない情報を控訴人と共有したとは認められないから、控訴人の上記主張は採用することができない。

ウ 控訴人は、ほかにも様々主張するが、前記認定判断に照らしていずれも採用できない。

エ 以上のとおり、控訴人の主張する被控訴人の債務不履行又は不法行為があったとは認められない。

4 小括

以上のとおり、原告の主張する被告の債務不履行及び不法行為があったとは認められない。

第4 結論

よって、原告の請求にはいずれも理由がないから棄却することとし、主文のとおり判決する。

東京地方裁判所民事第19部

裁判官 坂巻陽士

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