⚡判決書全文 2025年言渡
  坂巻陽士裁判官

⚡判決書全文 2025年言渡
  坂巻陽士裁判官#

🔸判決書全文#


PDFは、マスキング後、掲載します。

令和7年3月31日判決言渡 同日原本領収 裁判所書記官

令和6年(ワ)第■■■■■号 損害賠償請求事件

口頭弁論終結日 令和7年3月19日

判 決

東京都千代田区大手町1丁目1番2号 ENEOS株式会社内

原 告 ■■■■

東京都千代田区大手町1丁目1番2号

被 告 ENEOS株式会社

同代表者代表取締役 山口敦治

同訴訟代理人弁護士 ■■■■

主 文

1 原告の請求をいずれも棄却する

2 訴訟費用は、原告の負担とする。

事実及び理由

第1 請求

被告は、原告に対し、1円を支払え。

第2 事案の概要

1 本件は、被告の従業員である原告が、被告社内の内部通報制度による原告の通報について、➀法令等に違反する事実又は違反するおそれのある事実があるのに、被告は、原告に対し、コンプライアンス違反ではない又は不正行為等に該当しない旨の事実に反する内容を通知し、内部通報制度に関する規程に違反した、➁法令等に違反する事実又は違反するおそれのある事実について、被告は、その是正措置等を実行したのに、原告にその是正措置等を通知せず、上記規程に違反した、➂被告は、上記是正措置等に関する正確性等に疑念のある情報を原告と共有し、被告の掲げる行動基準に違反した等と主張して、被告に対し、債務不履行又は不法行為に基づく損害賠償請求として、慰謝料1円の支払を求める事案である。

これに対し、被告は、本件訴訟が前訴の蒸し返しであるとして、訴えの却下を求めるとともに、前訴確定判決の既判力が及ぶ旨等を主張している。

2 前提事実(当事者間に争いがないか、掲記の証拠(ただし、特に枝番を明記しない限り、枝番を含む。以下同じ。)及び弁論の全趣旨により容易に認定できる事実)

⑴ 被告は、石油、天然ガスその他のエネルギー資源及びそれらの副産物の精製、加工、貯蔵、売買及び輸送等を目的とする株式会社である。

原告は、被告の従業員である。

⑵ 原告は、平成28年9月14日、被告の社内通報窓口に対し、オーストラリアの法律事務所(以下「本件取引先」という。)との取引に関して被告が支払った金額に同国の付加価値税(以下「GST」という。)が含まれていたこと、オーストラリアの被告関連会社であるJXA(以下「JXA」という。)にGSTの還付がされたこと、GSTの金額が被告の経費に計上されたままであることから、将来的に法人税法等の法令違反に該当する可能性がないかを相談したい旨等の通報(以下「本件通報」という。)をした。(乙2)

⑶ 被告は、平成29年8月14日、原告に対し、本件通報に関する調査結果として、コンプライアンス違反となる事項ではない旨、還付可能であることを確認しているGSTの還付を含め、同年度上期を目途に対応完了予定である旨の報告(以下「本件調査報告」という。)をした。(乙11)

⑷ 当時、原告と同じ部署に所属していた被告の従業員は、平成29年10月16日、同部署の部長を宛先とし、CCの宛先に原告を含めたメール(以下「本件メール」という。)を送信した。

本件メールには、過去のGSTについては、同年9月までにJXAが還付請求を行い、JXAから被告への戻入れも実施済みである旨、具体的な処理については、経理部の指示に従い、本件取引先への支払(コンサルタント料)については一般管理費として計上し、JXAからの戻入れについては雑収入として計上した旨、平成28年11月以降、GSTの法改正によりオーストラリア国内に居住しない者に対するコンサルタント料の請求にはGSTが含まれないことをコンサルティング会社に確認済みである旨等が記載されている。(甲20の1、弁論の全趣旨)

⑸ 原告は、平成30年11月27日、被告の社内通報窓口に対し、GSTに関し、平成28年1月7日から平成29年10月16日までの間の一連の内容について、コンプライアンス違反となる事象の有無を確認させてほしい旨、コンプライアンス違反の有無の判断に関する具体的理由及び根拠法令を確認させてほしい旨の通報(以下「本件追加通報」といい、本件通報と合わせて「本件各通報」という。)をした。(乙9)

⑹ 被告は、令和元年10月25日、原告に対し、本件追加通報に関する調査結果として、GSTの還付をするかは任意であり、還付を受けないままでも不正行為等には当たらない旨、被告は、オーストラリアのGST還付制度を利用して還付を受けられるすべての金額について平成29年9月までに還付を受け、対応を完了している旨等の報告(以下「本件追加調査報告」といい、本件調査報告と合わせて「本件各調査報告」という。)をした。(乙12)

⑺ 原告は、令和3年5月31日、東京地方裁判所において、被告に対する損害賠償請求訴訟(同裁判所令和3年(ワ)第■■■■■号。以下「前訴」という。)を提起した。

前訴において、原告は、被告が、内部通報を行った従業員に対し、事実確認等を怠ることなく、伝えられた情報や疑念を客観的に検証するなど相応の措置を講ずるべき信義則上の義務を負うところ、本件各通報に対し、被告が、➀調査をせず、あるいは不十分であったこと、➁調査を実施しない場合の通知をしなかったこと、➂通報情報の厳重な管理を行わなかったこと、➃役員等への報告を適正に行っていなかったこと、➄再度、通報可能であることの通知をしなかったことにより、被告が原告に対する上記義務に違反したなどと主張し、債務不履行又は不法行為に基づく損害賠償請求として、慰謝料1円の支払を求めた。(乙3)

⑻ 前訴においては、令和4年12月22日、原告の請求をいずれも棄却する旨の1審判決が言い渡され、原告が控訴したものの、令和5年6月15日に控訴を棄却する旨の控訴審判決が言い渡された。原告は、上告及び上告受理申立てをしたが、令和5年8月28日に上告を取り下げ、また、令和6年1月25日に上告不受理決定がされたことにより、上記1審判決が確定した(以下、同判決を「前訴確定判決」という。)。(乙3ないし8)

⑼ 原告は、令和6年2月19日、東京簡易裁判所において、本件訴訟を提起した。(当裁判所に顕著)

⑽ 被告が定めるコンプライアンスポットライン規程(以下「本件規程」という。)には、調査結果等の通知・報告(本件規程3.6 ⑴ )として、通報者が通知を望まない場合や通知が困難である場合等を除き、調査の終了後、法務部長が通報者に対し、➀法令等に違反する事実又は違反するおそれのある事実の有無(3.6 ⑴ ア)、➁ ➀の法令等に違反する事実が確認された場合は、その是正措置及び再発防止策(3.6 ⑴ イ)、➂ ➀の法令等に違反するおそれのある事実が確認された場合は、その対応策(3.6(1)ウ)を通知する旨の規定がある(乙1)

⑾ 被告が掲げるグループ行動基準(以下「行動基準」という。)には、適切な情報管理と情報開示(行動基準11 ⑶ )として、「私たちは、業務上必要なすべての記録および報告を、事実に基づき、正確に、遺漏なく、かつ適時に作成します。」との規定がある。(甲2)

3 争点及び争点に関する当事者の主張

本件では、まず、本案前の答弁に関し、➀本件訴訟の提起が紛争の蒸し返しとして信義則に反するかが争点となり、本件訴訟の提起が信義則に反しない場合には、本案について、➁原告の主張が前訴確定判決の既判力に抵触するか、➂被告の債務不履行責任又は不法行為責任の有無が争点となる。

⑴ 争点 ⑴(本件訴訟の提起が紛争の蒸し返しとして信義則に反するか)

(被告の主張)

原告は、前訴において、被告の信義則上の義務違反を基礎づける事情として、本件各通報に関する本件規程違反を網羅的に主張していたのであり、本件訴訟は前訴の蒸し返しにほかならない。原告は、本件訴訟における主張を前訴においてもすることが容易にできたはずであり、少なくともその主張をする機会は十分にあった。

したがって、本件訴訟の提起は、信義則に反し、許されない。

(原告の主張)

否認ないし争う。

被告の調査補助者は、原告に対し、GSTの支払に関して、契約書の記載内容の調査を行わない旨の回答をしたり、支払済みのGSTが契約に基づくものか否かを検討したかについて回答をしなかったりしたため、前訴において、原告は、調査の過程でGST支払の適正性検証が行われなかったという誤った認識をしており(被告が原告に対し、そのような誤った認識を促したものといえる。)、本件訴訟における主張を前訴ですることは困難であった。

また、本件訴訟は、前訴で問題とされた事項に対する判断を覆そうとするものではなく、紛争の蒸し返しではない。

したがって、本件訴訟の提起は、信義則に反しない。

⑵ 争点 ⑵(原告の主張が前訴確定判決の既判力に抵触するか)

(被告の主張)

前訴及び本件訴訟のいずれについても、原告は、本件各通報に関する信義則上の義務違反が債務不履行又は不法行為に当たるとして、被告に対し、損害賠償請求をしているから、その訴訟物は同一である。

原告が本件訴訟で主張する本件規程違反及び行動基準違反に関する事実は、同一の信義則上の義務違反の評価根拠事実を追加するものにすぎず、当該事実は、前訴の控訴審の口頭弁論終結後に生じたものでもない。

したがって、本件訴訟における原告の主張は、前訴確定判決の既判力に抵触する。

(原告の主張)

否認ないし争う。

前訴において、原告は、被告が本件各通報について調査をせず又は調査が不十分であったこと等についての信義則上の義務違反を債務不履行又は不法行為と主張したのに対し、本件訴訟では、後記 ⑶ の(原告の主張)欄に詳述するとおり、被告が、➀法令等に違反する事実又は違反するおそれのある事実が存在するのに、本件各調査報告において、それがない旨の事実に反する内容を通知し、本件規程3.6 ⑴ アに違反したこと、➁その是正措置等を実行したのに、原告にその是正措置等を通知せず、本件規程3.6 ⑴ イ及びウに違反したこと、➂本件メールにおいて、上記是正措置等に関する正確性等に疑念のある情報を原告と共有し、行動基準11 ⑶ に違反したことを債務不履行又は不法行為と主張している。

したがって、本件訴訟における原告の主張は、前訴確定判決の既判力に抵触しない。

⑶ 争点 ⑶(被告の債務不履行責任又は不法行為責任の有無)

(原告の主張)

本件規程は、被告の全従業員に適用されるもので、従業員側から見れば、職場環境の改善の側面があり、労働条件に関わるものといえるから、就業規則に当たり、本件規程で定められた内容は、原告と被告との間の契約内容となる。また、行動基準は、本件規程1.2 ⑴ に定める「法令等」に含まれるから、本件規程及び行動基準に違反することは、契約上の義務違反となる。

仮に、本件規程が「就業規則」には当たらないとしても、本件規程において、一定の場合に一定の行為を具体的に行うことを定めて公表している以上、被告は、自らが定めた本件規程に基づく具体的な行為を行うべき信義則上の義務を負い、本件規程及び行動基準に違反することは、その信義則上の義務違反となる。

支払義務がないGSTを支払うことは、法令等に違反する事実又は違反するおそれのある事実であるのに、被告は、本件各調査報告において、➀それがコンプライアンス違反ではない又は不正行為等に該当しない旨の事実に反する内容を原告に通知し、本件規程3.6 ⑴ アに違反し、➁法令等に違反する事実又は違反するおそれのある事実(支払義務がないGSTを支払ったこと)について、その是正措置等を実行したのに、その是正措置等を原告に通知せず、本件規程3.6 ⑴ イ及びウに違反し、➂上記是正措置等に関し、本件メールにおいて、JXAがGSTの還付額として受けた金銭とJXAが被告に戻入れとして送金した金銭が同一の支払手続に関するものかが判然とせず、また、平成28年11月以降のGSTの法改正が特定できず、そのような法改正が存在したかも判然としないため、「事実に基づき、正確に、遺漏なく」作成されたとはいえない情報を原告と共有し、行動基準11 ⑶ に違反したから、直ちに債務不履行となる。そうでないとしても、本件規程に基づく具体的な行為を行うべき信義則上の義務に違反したといえる。

したがって、被告は、原告に対し、債務不履行責任又は不法行為責任を負う。

(被告の主張)

否認ないし争う。

本件規程は、被告の役員又は従業員の職務を規定するものであり、被告の義務を定めるものではないし、被告の会社組織内の自律的な規範にとどまるものであって、被告と従業員との間の直接の権利義務又は債権債務を生ぜしめるものでもない。行動基準も、事業活動における判断の拠り所となるものにすぎず、被告と従業員との間の直接の権利義務又は債権債務を生ぜしめるものではない。そのため、本件規程及び行動基準に違反したことが、直ちに債務不履行又は不法行為を構成することにはならない。

本件規程に基づく通報の具体的状況の如何によっては、被告が従業員に対して何らかの対応をすべき信義則上の義務を負う場合があり得るとしても、本件各通報については、法令等に違反する事実又は違反するおそれのある事実がなかったのであって、被告の対応が本件規程3.6 ⑴ アないしウ及び行動基準11 ⑶ に違反することはなく、上記信義則上の義務にも違反しない。

したがって、被告は、原告に対し、債務不履行責任又は不法行為責任を負わない。

第3 当裁判所の判断

1 争点 ⑴(本件訴訟の提起が紛争の蒸し返しとして信義則に反するか)

前訴は、原告が被告に対し、被告が本件各通報について、➀調査をせず、あるいは不十分であったこと、➁調査を実施しない場合の通知をしなかったこと、➂通報情報の厳重な管理を行わなかったこと、➃役員等への報告を適正に行っていなかったこと、➄再度、通報可能であることの通知をしなかったことが信義則上の義務に違反したなどとして、債務不履行又は不法行為に基づく損害賠償(慰謝料)を求めたものである。

他方、本件訴訟における原告の請求は、被告が本件各調査報告において、➀支払義務がないGSTを支払ったことがコンプライアンス違反ではない又は不正行為等に該当しない旨の事実に反する内容を原告に通知し、本件規程3.6 ⑴ アに違反したこと、➁支払義務がないGSTを支払ったことに関して実行した是正措置等を原告に通知せず、本件規程3.6 ⑴ イ及びウに違反したこと、➂本件メールにより上記是正措置等に関する正確性等に疑念のある情報を原告と共有し、行動基準11 ⑶ に違反したことが契約上の義務又は信義則上の義務に違反するとして、債務不履行又は不法行為に基づく損害賠償(慰謝料)を求めるものである。

このように、前訴及び本件訴訟における原告の各請求は、いずれも本件各通報に対する被告の対応を問題として債務不履行又は不法行為に基づく損害賠償(慰謝料)を求めるものであり、その損害は、本件各通報に対する被告の一連の対応において生じた原告の一体的な精神的損害をいうものと見ることも十分に考えられるから、被告が、本件訴訟が前訴の蒸し返しである旨を主張することにも相応の理由があるということができる。

もっとも、前訴及び本件訴訟で問題とされる被告の債務不履行又は不法行為その具体的な内容は、本件各通報に対する被告の調査の実施等に関する違法をいうものか(前訴)、本件各調査報告における被告の判断及びその後の対応に関する違法をいうものか(本件訴訟)で厳密には異なる。また、これらは、一方が違法又は違法ではないとされれば、他方の違法性の有無が直ちに定まるという関係にあるものではない(一方の請求が他方の請求の前提となるものではない)から、審理の対象が直ちに重複するものでもない。加えて、本件訴訟で原告が主張する上記事実が前訴の審理の対象とされた事情もうかがえない。

以上の事情を総合的に勘案し、本件訴訟が本件各通報に対する被告の対応を問題とする2度目の訴訟にとどまることも踏まえれば、本件訴訟は、その限りにおいて、前訴を実質的に蒸し返すものとして信義則に反するとまでいうことはできない。

したがって、本件訴訟の提起が信義則に反し不適法であるとまではいえない。

2 争点 ⑵(原告の主張が前訴確定判決の既判力に抵触するか)

上記のとおり、前訴と本件訴訟とでは、債務不履行又は不法行為の内容となる被告の具体的な義務の内容及び行為態様が異なり、その発生原因を異にするものといえ、訴訟物が同一であるとは認められない。

また、前訴における訴訟物の存在が、本件訴訟における原告の請求の前提となるものでもない。

したがって、本件訴訟における原告の主張が、前訴確定判決の既判力に抵触するとはいえない。

3 争点 ⑶(被告の債務不履行責任又は不法行為責任の有無)

⑴ 原告は、本件規程及び行動基準の違反が直ちに被告の債務不履行又は不法行為を構成する旨主張する。

証拠(乙1)によれば、本件規程の目的は、被告も含まれるENEOSグループにおける法令等に違反する行為又は違反するおそれのある行為(不正行為等)を早期に是正するため、通報窓口及び対応体制を定め、ENEOSグループのコンプライアンス体制を強化する点にあり(本件規程1.1)、調査の結果、法令等に違反する事実又は違反するおそれのある事実が確認された場合には、当該事実に対する是正措置及び再発防止策等を検討の上、速やかにこれらを実行する(本件規程3.5)こととされていること、他方、通報者との関係においては、通報を行ったことを理由とする不利益な取扱いを禁止し(本件規程2.4、3.11)、調査結果等を通知する(本件規程3.6 ⑴ )こととされているにとどまることが認められる。

また、証拠(甲2)によれば、行動基準は、ENEOSグループで働く者が事業活動を通じてENEOSグループの理念を実現し、社会的責任を果たしていくために実践すべき基準であり、すべての社内規程類の前提として、事業活動における判断の拠り所となるものと位置付けられていることが認められ、行動基準は、一般的な行動指針を示すにとどまるものといえる。

本件規程の上記構造からすれば、被告社内の内部通報制度は、基本的に、被告が不正行為等を早期に発見し、自らそれを是正して被告等の業務の適正化を図るために設けられたものであり、通報者個人のために設けられたものではないといえ、本件規程が直ちに被告と通報者個人との間の権利義務関係を生じさせるものとは認められない(本件規程が労働条件を定めたものということもできず、本件規程が就業規則であるとの原告の主張は、採用できない。)。また、上記のとおり、行動基準は、一般的な行動指針を示すものにすぎないから、直ちに被告と通報者個人との間の権利義務関係を生じさせるものとは認められない。

以上からすれば、本件規程及び行動基準の違反が直ちに債務不履行又は不法行為を構成する旨の原告の主張は、採用できない。

⑵ 原告は、本件規程及び行動基準に違反した場合、本件規程に基づく具体的な行為を行うべき信義則上の義務に違反する旨主張する。原告は、要するに、法令等に違反する事実又は違反するおそれのある事実が存在したのに、本件各調査報告において、被告がその事実がない旨判断し、それを前提とする対応をしたことが本件規程及び行動基準の違反である旨を主張しているから、その点について、損害賠償責任を生じさせることとなる信義則上の義務違反があるかを検討する。

上記のとおり、被告社内の内部通報制度は、基本的に、被告が不正行為等を早期に発見し、自らそれを是正して被告等の業務の適正化を図るために設けられたものであり、本件規程には、通報者に対し、調査結果等を通知する旨の規定(本件規程3.6(1))が置かれているが、調査結果等に対する不服申立てに関する規定は置かれていない(乙2)。また、本件各通報は、支払義務がないGSTを支払ったことが法令等に違反し、又は違反するおそれがあることを指摘するものであるところ、GSTの支払により原告が直接被害を受けたものではない。

そうすると、原告は、本件各通報に対する被告の調査結果等に対して不服を述べる法的な利益を有していないというべきであって、本件各調査報告における被告の判断及びそれを前提とする被告の対応をもって、被告の原告に対する損害賠償責任を生じさせることとなる信義則上の義務違反があったということはできない。

なお、本件各通報に対する調査結果(当該調査に関し、被告が調査をせず又は不十分であったこと等に関する原告の被告に対する債務不履行及び不法行為に基づく損害賠償請求権が存在しないことは、前訴確定判決のとおりである。)を踏まえ、被告がGSTを支払ったことがコンプライアンス違反となる事項ではない旨(本件調査報告)、GSTの還付をするかは任意であり、還付を受けないままでも不正行為等には当たらない旨(本件追加調査報告)の各判断をしたことが不相当であると認めるに足りる的確な証拠もないから、いずれにしても、原告の上記主張は、採用できない。

また、原告は、上記以外の本件規程、行動基準その他被告が定めた社内規程等の条項にも違反する旨等を指摘するが、いずれも上記判断を左右しない。

⑶ 上記に加え、原告は、被告が本件各通報に対する調査の過程で法令等に違反する事実又は違反するおそれのある事実があることを確認しながら、それを表面化させない目的で、不適切な情報を原告に共有したこと等が本件規程3.11 ⑴ の不利益取扱いの禁止に反する旨を主張するが、上記のとおり、被告が原告に不適切な情報を共有したとは認められないし、被告が原告の主張するような目的を有していたと認めるに足りる証拠もないから、原告の上記主張は、採用できない。

また、原告は、被告の対応が行動基準12 ⑶ (相互の対話及び円滑な意思疎通を通じて働きやすい職場環境を確保維持するように努める旨の規定)や労働契約法5条に反し、債務不履行又は不法行為となる旨も主張するが、具体的な安全配慮義務の内容が十分に特定されていない上、被告が何らかの安全配慮義務に反する対応をしたものとも認められず、原告の上記主張は、いずれも採用できない。

4 小括

以上のとおり、原告の主張する被告の債務不履行及び不法行為があったとは認められない。

第4 結論

よって、原告の請求にはいずれも理由がないから棄却することとし、主文のとおり判決する。

東京地方裁判所民事第19部

裁判官 坂巻陽士

#

Jupyter Book Badge made-with-python Markdown Badge